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欠落万能屋は記憶を探求する  作者: 多津身 光
第三章:波乱な依頼
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89. 苦しみと覚悟

 部屋に入ると二人のメイドと往診に来ていた医者の姿があり、シルクは静かに会釈してからベッドに近付いた。


 ベッドで横になっているフレイスは熱が籠っているのか顔を赤くさせ、苦しそうに肩で呼吸をしている。

 目はぎゅっと閉じられ、額からは次々と汗が流れていく。


 初めて会った時も如何にも病人だと思える程弱っていたが、今のフレイスの状態と比べればとても元気な方だったのだなとこの目で実感する。



 シルクは再び以前のようにフレイスの手に自らの手をそっとのせる。

 以前は冷たく感じていた体温が、今では燃えるように熱い。



「…追加の氷嚢をお願いします」



 近くにいたメイドに声をかけると、メイドは直ぐに部屋を出て追加の氷嚢の準備に取り掛かる。

 シルクは両手でフレイスの手を優しく包むように握り、ゆっくり静かに深呼吸した。


 そして意識を集中させる。

 シルクから魔力が上昇していく気配を感じ取り、クロテッド社長だけでなく医者も息を呑みながら見守る。

 部屋の前にやってきたカネル達も魔力の高まりに気付き、開かれた扉の外から同様に様子を伺う。



 追加の氷嚢を持ってきたメイドがシルクに声をかけると、シルクは回復魔法を施しながらメイドに振り返った。



「そのまま新しいものに交換して、ぬるくなった方はこちらに置いてください」



 ぬるくなった氷嚢をシルクの近くに置くように言われ、メイドは疑問に思いながらも言う通りに置く。

 シルクは片手を氷嚢に近付けると、そのまま水魔法と氷魔法を発動させて一瞬で冷えた氷嚢を完成させた。


 回復魔法を一切緩めず、同時進行で別の魔法を繰り出す様子にその場の者達は驚きを隠せなかった。



「……ぅ」



 フレイスの口から苦しそうな声が小さく漏れ出る。

 そうしてゆっくりと、微かに目が開いた。



「…お母、様?」



 フレイスは目の前にいるシルクの姿がぼやけて見えているのか、母親と勘違いしたまま瞳を動かす。

 じんわりと涙が溢れ、そのままぼろぼろと涙が流れていく。





「ごめん、なさい……。からだが弱く、て…ごめんな、さ……」




 シルクは目を見開いて固まった。

 フレイスが茶話会で両親について心配していた様子を思い出す。



 両親になかなか会えない事を残念がっていたのは勿論の事だろう。

 しかし、それだけでは無かった。

 フレイスは両親に対し、申し訳ない気持ちを抱いていたのだ。


 弱い身体で生まれてきてしまった事を、何度も体調を崩しては心配をかけてしまう事を、フレイスはずっと悩んでいたのだ。



「ごめんなさい…ごめんな、さい…」



 生まれつき身体が弱く、外に出て遊ぶ事はほとんど無く、同年代の友達はいない。

 体調を崩せば周りに迷惑を掛けてしまうと、申し訳なさで一杯になってつい自分を責めてしまう。


 どれだけ心苦しい日々を送っていたのだろうか。



 シルクはフレイスの手を更にきゅっと握った。

 しっかりしろ、と訴えかけるように。




「貴方は何も悪くない…そう思い詰めないで」



 シルクは目を閉じて更に意識を集中させる。

 フレイスの目から大粒の涙が零れ続けるも、険しい表情は次第に穏やかになり、安心したように目を閉じた。


 呼吸が落ち着き、ゆっくりと胸元を上下させながら寝息を立てている様子にシルクは安堵する。


 クロテッド社長はフレイスが目を覚ました時に駆け寄りそうになっていたが、フレイスの言葉を聞き取ると同様に目を見開いて固まっていた。

 今は目元を隠すように右手を覆い、後悔の念を抱いているのか顔を顰めさせて静かに涙を流している。



「…すまない、みっともないところを、見せてしまって」



 乱暴に目元を擦り、軽く鼻をすすってから呼吸を整えると、クロテッド社長はシルクの隣に移動ししゃがんだ。

 シルクと同様の視線になり、落ち着いた状態で眠っているフレイスを見つめる。



「ベルジュとミルティは間違いなくフレイスを愛している。だがそれ故に、フレイスが苦しんでいる姿を見るのが辛いんだ。こうやって苦しむ姿を何度も見てきた」



 膝元で握り拳をつくり、固く握られた手は軽く震える。

 拭き取った涙は再びじんわりと滲み出て、目を閉じると同時に零れていく。



「…一番苦しんでいるのは、フレイスだというのに。私達は…代わりになることすら出来ない…ッ」



 顔を俯かせ、肩を震わせる。

 ベッドの端に涙がぽたぽたと零れ落ちては染みが広がっていく。

 メイド達や医者、カネル達はどのような言葉を掛けるべきか困惑し、ただ静かに見守る。



 そんな中、シルクは一つの行動に移った。


 クロテッド社長の肩に触れるか触れないかのところで手をかざし、指先に意識を集中させる。

 魔力が流れてくる感覚を覚え、クロテッド社長ははっと顔を上げてシルクの方へと振り向いた。




「フレイスさんは勿論の事ですが、皆さんも十分苦しい筈です。社長は寝る間も惜しんでいるでしょう。ご両親も同様なのではないでしょうか」



 回復魔法を施し終えたシルクはすくっと立ち上がり、振り向くと数名のメイド達と医者に視線を向ける。



「そして、この屋敷にいる皆さんもそうなのではないでしょうか」



 フレイスと共に歩いている時、すれ違うメイド達や執事達、料理長はフレイスの姿を見ては驚きと同時に安心するように笑みを浮かべていた光景を思い出す。

 皆がフレイスの事を大切に思っているのだ。

 その分心配にもなるし、病が悪化するとなれば苦しくて堪らなくなる。


 気を張っていたメイド長も目の端に涙を浮かばせ、ぐっと堪えるように口をつぐんだ。



 シルクはクロテッド社長の方へと向き直り、右手を自身の胸の前に添え、目を閉じて一礼する。



「この苦しみの連鎖を断ち切る為にも、一刻も早くパナシアンベリーの栽培に取り組めるよう全力を尽くします」



 顔を上げたシルクの瞳にはブレがなく、力強い意志を感じ取られる。

 クロテッド社長は再び涙を滲ませようとするのを堪えながら立ち上がり、深く頭を下げた。



 その後シルクは部屋から出ると、部屋の前で様子を伺っていたカネル達と再び対面する。

 部屋での話をしっかりと聞いていたカネルは軽く目を伏せながら、シルクに問いかけた。



「堂々と宣言された後で言うのもなんだが、まだ種の使用許可は得られていない状況だ。何か案があるのか?」


「…やってみないと分からない事です。その可能性に賭けます」



 シルクはポシェットに手を伸ばし、中から一つの封筒を取り出した。

 封筒には見覚えがあり、カネル達は目を見開いて固まる。


 ティピックから受け取った、依頼書が封入されている封筒だ。

 シルクは丁寧に封筒を明け、中から取り出した依頼書をカネル達に向ける。



 既に怪しまれているのだ、もういっその事公開してしまった方が後々楽かもしれない。

 そう開き直った気持ちが一つ。

 

 そして、グレイの唯一の友人だからという温情が一つ。




「裏魔法教会代表取締役社長ティピック・ノエ指名のもと、異常発生による魔物を討伐する為、ミルティーユ山山麓に向かいます」




 今回シルクが引き受けた依頼は、以前カネルとアベルが裏魔法協会に緊急で申し送ったもの。

 そして、ミルティーユ山はパナシアンベリーの生息地でもある。

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