88. 急変
クロテッド社長の邸宅にて。
カネルはグレイに連絡を終えると、真剣な表情のまま目の前にいるクロテッド社長へ声をかけた。
「シルクさんに状況を伝えるようグレイに連絡しました、返事が来るまでお待ち下さい」
「あぁ、頼む。…お願いだ、頼む」
クロテッド社長は手を震わせながらそう呟き、顔色は悪い。
カネルの付き添いで来ているアベルとレザンは真剣な表情を崩さずにいるが、時折視線を伏せたりしている。
カネル達はクロテッド社長との打ち合わせをする為に邸宅に訪れていた。
パナシアンベリーについての件もそうなのだが、今回の場合は別件もあった。
しかしそんな中、打ち合わせ中にメイド長が慌てた様子で遠慮なく広間の扉を開き、フレイスの容態が急変したことを伝えた。
クロテッド社長は顔色を変えて広間を飛び出し、カネル達もつい後を追った。
流石にフレイスの部屋にはカネル達は入れなかったが、半開きの扉の先から聞こえてくる話から状況を察する事ができた。
「以前重症化した時と同様…いや、更に悪い状況と言えます」
「そんな…このまま目を覚まさなくなったらどうすると言うんだ!!」
「私も最善を尽くしてきましたが、これ以上はもう、厳しい状態です」
「フレイス!お願いだ、目を開けてくれ、フレイス!!」
往診に来ていた医者は悔しい表情のまま口を固く閉じてしまい、クロテッド社長はベッドで苦しそうに呼吸しながら目を閉じているフレイスに必死に声をかける。
その後クロテッド社長が部屋から出てくるも、顔色は悪くなっており、下手すればショックで倒れてしまうのではないかとカネルが心配の表情を浮かべていた。
その直後、クロテッド社長はカネルの両肩をがしりと掴んで懇願するように訴えかけたのだ。
「あの人を…以前君が呼んでくれたあの女性をまた呼んでくれないか!今すぐ連絡してくれ!!」
突然迫ってきた事にアベルとレザンが引き離そうと動きを見せるが、その前にカネルが冷静に了承の返答をした事でクロテッド社長は何とか落ち着いた。
そうしてカネルはグレイを経由してシルクに状況を伝えたのだが、返事が直ぐに返ってくるとは限らない。
偶々今日が往診の日であり、直ぐに急変対応できたのは運が良かったと言えるだろう。
しかしそれでも状況は最悪な段階に陥っていた。
何度も急変を繰り返し、山場を超えてきたフレイスの体力は既に限界に近い。
「頼む…あぁ……フレイス…」
クロテッド社長の弱々しい声が広間の中で小さく零れる。
直後、カネルのスマートフォンが振動した。
画面にはグレイの名前が表示されている。
「グレイ、シルクさんと連絡がついたのか」
直ぐに通話に切り替えると、クロテッド社長は身体の震えを止めて顔を上げた。
スマートフォンから聞こえてくるグレイの声に、その場の者全員が集中する。
『連絡したよ、すぐそっちに向かうってさ』
「本当か!」
『ただ、えーっと…驚かないであげてね?』
少し言葉を濁しながらそう呟くグレイ。
声色から苦笑いを浮かべている様子が想像でき、カネルは眉をひそめながら首を傾げた。
ふと、視線を窓の方へと向ける。
何かが物凄い速さで近付いて来ているのが分かり、カネルはスマートフォンを耳元に当てながら立ち上がった。
「…驚くなというのは、流石に無理があるんじゃないか」
狐面で素顔を隠したローブ姿の人物が箒から降りて地面に着地する。
突然の訪問者に気付いたメイド達が一瞬怯むも、狐面が外され素顔が顕になった事で皆が目を丸くさせる。
以前邸宅に伺った時と同様に、表情を変えずに会釈するシルクの姿がそこにあったのだから。
「失礼します」
シルクは狐面をポシェットにしまい、開かれた扉を通って真っ直ぐ広間へと向かう。
しかし広間に辿り着く前に、カネル達が広間から出てきたのに驚いてぴたりと足を止めた。
「…お疲れ様です」
それでもシルクは無表情を崩さずに一礼する。
カネルは情報が追いつかないとでも言うように目をぱちくりとさせた。
グレイに連絡して数分程しか経っていないにも関わらず、こんなにも早くやってくるとは思っていなかったのだ。
そして遠目ではあったが、狐面をつけている姿を見るのは今回が初めてになる。
グレイの言っていた「驚かないで」という意味が色々と重なり、混乱を通り越して笑みが零れそうになった。
「シルクさん!!」
広間からクロテッド社長も出てくると、シルクは直ぐクロテッド社長に視線をぶつける。
真っ直ぐな眼差しで、且つ落ち着いた声色で言葉を述べる。
「フレイスさんの部屋に伺ってもよろしいでしょうか」
クロテッド社長は二つ返事で返答し、シルクと共に再びフレイスの部屋へと向かって行った。




