87. 準備段階
魔法防衛省を訪れた日から三日経過した。
関連施設からのパナシアンベリーの種の使用許可については保留のままであるが、いつでも栽培出来るようにとグレイ達は準備を進めていた。
アパートの裏側にある空き地にビニールハウスを設置し、十分な量のピュアポトスとヘリオスフラワーを中へと運び、実際にビニールハウス内でも酸素を放出させる実験を行った。
ビニールハウスでも十分な新鮮な酸素を充満させられる事を確認し終えると、パナシアンベリー用の植木鉢とグレイ自ら調合した肥料、魔力放出機と貯蔵機を設置する為の台などを次々と運び込んでいく。
こうして、後は種を入手すれば直ぐに栽培を開始出来るという状態になった。
ミュスカとシャロンは魔法学校にいる時間が多かった為、ほとんどの作業はグレイとシルクが行っていた。
しかし予想通りと言うべきか、シルクの行動力の早さにより作業は滞りなく進んだ。
本人ですら計り知れない魔力量と体力の持続力。グレイ達は改めてシルクのとてつもなさを目の当たりにしたのであった。
そして現在、ミュスカとシャロンが魔法学校から帰宅してきたところ。
アパートの玄関の扉が開き、中から狐面を着用し素顔を隠したシルクが出てきた。
シルクは二人が帰ってきたのに気付き、「おかえりなさい」と挨拶する。
「シルクさんはこれから仕事ですか?」
「はい。魔物討伐の後に調べものをする予定なので、帰りは明日になりそうです。午前中には戻れたらと思っていますが、遅くなりそうな時はまた連絡します」
「おう、行ってらっしゃい」
シルクは藁の箒に跨り、ふわりと浮かんでそのまま飛んで行った。
途中で存在感を消す魔法薬を振りかけたのか、途中で姿が完全に見えなくなる。
数分後にはクイチェの街まで辿り着き、いつものように裏魔法教会へ繋がる扉を開く。
ティピックから本日の依頼内容について説明され、隣ではウィンがにこりと笑顔を浮かべながら静かに話を伺う。
「今回のも知っての通り、異常発生によるものだ。数は三十体と多めになるが、よろしく頼んだよ」
「承知しました」
「あぁ、それとね」
ティピックは好奇心を抑えきれていない表情でシルクに言葉を続けた。
「昨日言っていた件については、今回の依頼の後次第って事で良いんだよね?」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「こちらでも準備は出来てあるから、シルク君も安心して進めてくれ」
今回の依頼についての書類をポシェットに仕舞い、扉を開いて裏魔法教会を後にする。
存在感を消してから魔法教会を出て、人通りが少ない場所へと移動し箒に跨ろうとした時だった。
シルクのスマートフォンが続けて振動する。
振動の仕方からして電話が来ているのに気付き、シルクは珍しいなと思いながらスマートフォンを手に取った。
数少ない連絡先である為、相手が誰なのかは分かりやすく絞られている。
そして予想通りではあり、意外だなと思いながら通話ボタンに触れた。
「はい…博士、どうされました?」
『あ、シルク!もう仕事先に向かっちゃった?』
「これから討伐先へ向かうところです。今はクイチェにいます」
いつもはメール連絡ばかりであった為、突然電話してくるとは余程の急ぎの用なのだろうか。
妙な胸騒ぎを感じ、グレイの返答を待つ。
『実はさっきカネルから連絡があって、クロテッド社長の孫娘さんの容態が急変したって』
シルクは目を見開いて固まった。
確かにいつ容態が急変してもおかしくない状態ではあったが、まさか今日になるとは。
『丁度往診に来ていた医者に診てもらったみたいなんだけど、全く良くなりそうに無くて…クロテッド社長がシルクを呼んでくれって騒いでるみたいなんだ』
「わかりました、伺いに行きます」
『それでシルクには申し訳な……え、行ってくれるの!?』
「では失礼します」
シルクはスマートフォンの画面を閉じ、ふわりと箒を浮かせる。
自家用車に乗っている時に見ていた景色を覚えている為、邸宅の場所は把握出来ている。
箒は勢いよくスピードを上げ、風を切るようにシルクは邸宅へと向かった。
そして同時刻、シルクとの通話を終えたグレイはスマートフォンの通話終了という文面を見つめていた。
「…邸宅にカネル達がいるって言おうと思ってたんだけどな」
大丈夫だろうか、とグレイは冷や汗を流しながら呟いた。




