86. 難航
グレイの興奮状態が何とか落ち着き、カネルから関連施設で起こった出来事を説明された。
グレイ達は関連施設に向かい、まず初めにカネルの後輩と合流した。
施設に入った時点でグレイは不機嫌モードになっていた為、当初後輩は少々グレイに対して怯えていたのだが、後輩と会うこと自体は特に問題無かった。
問題は施設長へ挨拶に伺った時だった。
施設長は既にパナシアンベリーの種については話を聞いていた。
そしてカネルと後輩が揃って姿を現した事から、その件であると察したのだろう。
「…また君かい。例の種の使用については難しいと言っただろう」
後輩に向かって呆れながらそう呟き、大きな溜息を吐かれる。
「とても希少な代物をそう簡単に使用させる訳にはいかないんだよ。勝手に栽培しますと契約を結ばれて、本当困ったもんだよねぇ」
明らかにわざとらしく呟く言葉に、後輩は表情を暗くし身体を強張らせる。
「仮に使用許可を出したとして、確実に栽培させられるという保証はあるというのかね?中途半端な状態で栽培して、最終的には出来ませんでしたっていう結果となってしまえば、どう責任を取るというんだ?魔法薬学会との信頼問題にも関わってくるんだぞ?」
「栽培については協力者がいます」
施設長の言葉をやや遮るように、カネルが大きめな声で発言する。
そこでグレイが紹介され、施設長はグレイの名を知っていた為か一瞬言葉を飲み込んだ。
グレイは不機嫌そうにジト目を向けており、隣でミュスカは冷や汗を流しながらグレイの様子を伺っていた。
「…ふん、いくら天才と呼ばれる者だとしても、それが確実な成功になるとは限らないだろう。そもそもここしばらくは君の実績を証明するようなものが世に出ていないじゃないか、本当に魔法薬学研究者として活動している身なのか?」
そこで不機嫌は表情を浮かべていたグレイは更に不機嫌さを増し、ずいと前のめりになって施設長に急接近する。
高身長且つ不機嫌オーラを放っている為、とてつもなく圧を感じるだろう。
「随分と嫌味を言ってくれるじゃないか君ぃ…そっちこそ栽培実験を行う施設であるにも関わらず栽培を渋るってどういう事なんだい?やった事も無い事を最初から諦めるなんてどうかしてるよねぇ?栽培しないなら保護施設として名称変更でもしたらどうかなぁ!?」
グレイの態度が癪に障り、その後施設長は怒りを露わにする。
このまま荒事になってはいけない、とミュスカとレザンがグレイを抑え、カネルとアベルが施設長の前に立って宥めさせた。
そうして結局話は進まなくなり、一旦保留という形でその場を無理矢理終わらせたのである。
「ああぁぁ、思い出すだけで腹が立つよ。僕に向かって馬鹿にするような態度をとるわ、最初から無理だと決めつけるわ、本っっ当にイライラする!」
「先生が怒るのも無理はありません、正直僕もあの施設長の発言には腹が立ちました。それに、ランジェさんの事を思うと気の毒てならないと言いますか…」
ミュスカは当時の出来事を思い出しながら、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
ランジェとはカネルの後輩の名であり、施設長からやたらと嫌味を言われては表情を暗くさせていたという。
グレイの実験の成果についてはランジェも把握しているのだが、責任感を強く感じている事から、今でも連日でパナシアンベリーの栽培について調べものや研究を続けている。
パナシアンベリーの種の使用許可が下りた際には、自分もグレイと共に栽培の手伝いをさせてほしいと意気込んでいる程だ。
しかし体力は限界を迎えている状態であり、精神面も不安定な状態となっていた。
状況は困難な方向へと傾いてしまっている。
経緯を聞いたシャロン達は、どうにかしてパナシアンベリーの種の使用許可を得られないだろうか、と唸りながら各自考えを巡らせる。
「施設長より立場が上の人っていないのか?もしいるならその人に直談判しに行くとか」
「関連施設で一番上の立場なのがその施設長なんです。更に上となれば、魔法薬学大学の上層部の人達になるのでしょうか」
「もし言ったとしても、施設長と同様に渋りそうな気はするよなぁ。実際希少な種なんだし、実例が無いとなると相当慎重に判断する必要があるでしょ、直ぐに許可が出るとは思えないね」
「状況が行き詰まったな…そういえば、ペーシェ達はクロテッド社長のところでどうだったんだ」
邸宅での出来事をペーシェが簡単に説明する。
フレイスに無事回復魔法を施せた事にカネルは安堵するが、時間が無い事には変わりない。
その場に沈黙が訪れ、重い雰囲気が漂う。
そんな中、シルクは静かにとある考えを巡らせていた。
(魔法薬学大学…施設長……)
シルクは視線を伏せながら軽く首を傾げる。
何かを思い出しそうな、何か引っかかるような感じがする。
はて、最近何処かでその言葉を聞いたような。
「…駄目だ、やっぱり燃やさないと気が済まない」
「先生、もう思い出すのは止めましょう。無駄に気が立つと疲れるだけです」
「ふん、あんなクソ野郎には中指を立てるだけでは済まされないよ。それに雰囲気からも如何にも嫌な奴だったし…何か弱みでも握ってやりたいくらいだね。何か変な噂とか聞かない?」
「噂なぁ…無い、とは言い切れないが」
カネルが呆れながら軽く呟くと、グレイはぎらりと目を光らせる。
伊達眼鏡をつけている時と同様の迫力を感じ、アベル達は一瞬背筋を震わせた。
「あくまでも噂であって事実とは言い切れないんだ。一時期怪しい噂が流れていたが、突然ぱたりと聞かなくなったくらいだ。嫌な言い方をするが、立場を利用してもみ消したりしてるんだろうな」
「うげぇぇ…」
そう簡単に弱みは握れないのかとグレイはわざとらしく肩を落とし、同時に不快な気持ちに襲われて再び機嫌を悪くさせる。
「………あ」
ぽつりと小さな声がシルクの口から漏れ出た。
しかしその声はグレイの唸り声によってかき消されてしまう。
シルクは目を見開いた。
パズルのピースを埋めるように記憶を巡らせ、無事綺麗に埋まったのだ。




