81. おもてなし
シルクとシャロンは目の前に佇む大きな屋敷を見上げ、目をぱちくりとさせた。
第一印象に、とても豪華な屋敷であるのが伺える。
クロテッド社長の自家用車にて辿り着いた邸宅は王都から離れた場所に建っている。
辺りには沢山の木々が生え揃え、庭であろう広々とした場所には手入れされている花壇が綺麗に並んでいて、彩り豊かだ。
中央に設置されている噴水からは止まることなく水が流れており、もし空が晴れていれば水飛沫が光の反射でより綺麗に映るのだろう。
無事邸宅に到着し、運転していた執事に案内されるがまま、シルク達は邸宅内へと足を踏み入れる。
扉が開けば数名のメイドがお辞儀をして出迎え、慣れない環境にシャロンは緊張した様子で固まってしまう。
「社長から話は伺っております。シルク様、シャロン様、ペーシェ様、プラット様でございますね」
メイド長らしき女性がふんわりとした優しい笑顔を浮かべながらそう尋ね、そのまま広間へと案内される。
シャロンは変わらず緊張して動きがぎこちないが、シルクは無表情のままいつも通りの様子。
ペーシェは周りに飾られている絵画や骨董品などをきょろきょろと見渡し、それをプラットが小さく声をかけて注意した。
広々とした広間に辿り着き、各自ソファに座ったところで別のメイドが人数分の紅茶とお茶請けを運んでくる。
ふんわりと薔薇の香りが漂い、シルクはストールを緩めた後につい目を閉じて香りに集中してしまう。
「先程社長からこちらに戻ってくる旨の連絡がありましたので、社長がお戻りになるまではこちらでお待ち下さい」
メイド長に続いて近くにいた数人のメイドと執事がお辞儀をし、広間を後にする。
残されたシルク達は再び向き合うように座っている状況になるも、シルクは先程のような緊張感は感じずにいられている。
初めて来た知らない場所ではあるものの、不思議と落ち着いている事にシルク自身も少々驚いて、心の中で疑問符を浮かべた。
そんな中、ふと視線を落とせば目の前には薔薇の香りを漂わせる紅茶と薔薇を催した可愛らしいクッキー。
シルクは成程と思いながら静かに紅茶に口をつける。
食べる事と植物が好きな身であるならば、今目の前にある光景はシルクにとって素晴らしい物だ。
シルクに続いてシャロンも紅茶を一口飲むが、淹れたてである為熱さに驚いて一瞬だけ肩を跳ねらせる。
それでも味は上等なものだと分かり、ほっと一息つかせてからティーカップを置いた。
そこでふと視線を感じて顔を軽く上げると、目の前にいるぺーシェとプラットがまじまじと様子を伺っている。
シャロンはジト目になり、シルクはふいと斜め下に視線を逸らした。
「あはは、ごめんごめん。そんな目で見ないでよ〜」
「見られながらだと気が散るんだよ…!」
「すまない、あまりにも美味そうに飲んでるもんだから」
ぺーシェは薔薇のクッキーを一つ摘んで一口噛り、プラットも紅茶を一口飲んでから一息ついた。
「紅茶といいクッキーといい、クロテッド社長って薔薇が好きなのかな」
「庭にも沢山薔薇が植えられていたよな」
窓から丁度庭の様子が伺え、シルク達もつられて視線を移す。
確かに沢山の薔薇が植えられており、どれも丁寧に手入れされている状態だ。
赤、黄、ピンク、白、紫などなど多くの色が揃えられており、よく見ると花弁の付き方が異なるものもある為、薔薇自体の種類も沢山あるようだ。
「薔薇は孫娘…フレイスのお気に入りの花なんだよ」
声のする方に振り向くと、クロテッド社長の姿が。
急いで戻って来たのか、額に薄っすらと汗が一粒流れようとしていた。
クロテッド社長の後ろにはメイド長、自家用車を運転していた執事が真っ直ぐ背筋を伸ばして立っている。
「君達二人には詳しい自己紹介はまだ出来ていなかったね。私はフラム・クロテッド、魔道具製造会社の社長を務めている者だ。今日は我が邸宅に足を運んでくれて感謝するよ」
「…改めまして、シルクです」
「シャロン・フォールです」
ソファから立ち上がってお辞儀した後、クロテッド社長は再び座る様に促してから自身も一人用のソファに腰掛けた。
「魔物討伐特攻隊の御二人もよく来てくれたね。カネル君達にも是非フレイスと会ってほしいと思っていたが、いきなり大人数だと驚いてしまうだろうから、まだ次の機会にだね」
「こちらこそ、お招きありがとうございます」
「フレイス嬢の御身体の具合はどのようなものでしょうか」
にこにことした笑顔が特徴的だったペーシェは真剣モードに入ったように背筋を伸ばし、丁寧口調に切り替わる。
プラットも背筋を伸ばし、フレイスの容態について問う。
「一昨日から体調は安定している。だが、またいつ急変してもおかしくはない容態だ、ここしばらくはベッド上で過ごすのがほとんどなんだよ」
クロテッド社長はシルクに視線を向け、深めに頭を下げて懇願するように言葉を続ける。
「シルクさん、どうかフレイスに回復魔法を施してくれ」
「…はい。出来る限りにはなりますが、頑張ります」
シルクは落ち着いた口調でそう返答すると、クロテッド社長は顔を上げて安心した表情を浮かべた。
「それではフレイス様にお声をかけて参ります。準備が整うまで少々お待ちください」
メイド長が一礼し、広間を後にする。
準備が整うまでの間に各自目の前にある紅茶とクッキーを消費していくが、そんな中シルクは紅茶は飲んでもクッキーには未だに手を付けていない。
「なぁシルク、もしかしてあまりお腹空いてないのか?」
「いいえ…空いていない訳では無いんですが」
既に完食しているシャロンが横から問い掛け、シルクはぽつりと呟きながら薔薇のクッキーを見つめる。
「綺麗なので、何だか食べるのが勿体なく感じてしまって…」
「ははは、それはとても嬉しい言葉だ、料理長が聞けばとても喜ぶだろう。是非味も堪能してくれ」
無表情ながらも真剣な様子であるシルクに対し、クロテッド社長は笑みを零して嬉しそうに語り掛けた。
勧められるままに薔薇のクッキーを手に持ち、一口含む。
さくりと良い音が立つのと同時に、薔薇の香りは勿論の事、ほんのりと苺の風味も感じられた。
「…美味しい」
静かにそう呟いたシルクの横で、シャロンは再びシルクの表情の変化を目の当たりにして少し嬉しく思っていた。
その表情の変化に対してペーシェとプラットは驚いたように目を丸くさせた。




