76. 突撃訪問
エレベーターを利用して上へと移動していき、再び複雑な通路の中を歩いて行く。
会議室に戻るまでの間、シルクは変わらずフードを深く被りながら前だけを見つめている。
そんなシルクの隣で何度か首を左右に傾けながら肩を軽く回しているグレイは、眉間に皺を寄せながら不貞腐れた表情である。
「うーん、まだ少し肩と腰辺りが響いてる気がする」
「凄い音だったもんな」
前方で歩いているアベルの背中を睨むようにジト目を向け、そんな様子のグレイに対してシャロンは苦笑しながら頬を掻く。
グレイが見事な背負い投げを喰らった事にシルクは心配の視線を向けつつ、ふと思ったことをぽつりと呟いた。
「…綺麗な背負い投げでしたね」
「シルクったらそっちに感心しちゃってるの?僕に対して心配は無しかい!?」
「勿論心配してます。…まだ痛みます?」
「先生の事は放っておいて大丈夫ですよ」
カネル達が前方を歩いている為か、シルクはグレイ達と言葉を交わす程度までは緊張感が薄れていた。
しかし警戒心は持ったままであり、静かにカネル達の後ろ姿を見つめる。
武器の扱い方と言い、先程の体術と言い、やはり只者では無い人達だなと静かに考えながら後ろからついていく。
ふと、カネルが歩みを止める。
部下達も同様に立ち止まり、つられてシルク達も次第に足の動きが遅くなる。
会議室の扉の前には、丁度訪問するタイミングだったのであろう一人の人物がいた。
その人物はカネル達に気付くと、そのままカネル達に近付いてくる。
白髪混じりの整えられた髪、整えられた髭が印象的な男だ。
「クロテッド社長じゃないですか」
カネルは驚きを入り混ぜた声色で姿勢を正し、部下達もつられて姿勢を正す。
クロテッドとは確か、とシルクはフードの隙間から様子を伺う。
グレイ達も名前に反応し、ふとシャロンの手元にある箱型の機械に視線を移し、再び視線を前方に戻した。
「やぁカネル君、外出から戻って来たところだったのかい。いやぁ、突然の訪問になって申し訳ない」
「ご無沙汰しております、クロテッド社長。例の依頼に関する事でしょうか」
「あぁ、先日の連絡を受けてから居ても立っても居られなくてね。他にも私に出来る事が無いかと思って直接訪問したんだよ」
「そうでしたか…お忙しい中御足労おかけします」
カネルは笑顔でそう答えるが、頬に一筋の汗が流れていく。
まさかこのタイミングで訪問されるとは、ととある懸念を浮上させた。
丁度後ろからついてきていたグレイ達が更に近付いた事で、クロテッド社長はグレイ達の存在に気付く。
シャロンが手にしている箱型の機械に視線を留めると、ぱっと表情を明るくさせたと思えばグレイ達の方へと近付いて行った。
「それは私が託した魔力放出機ではないか!もしかして君がカネル君の言っていた魔法薬学研究者の…!」
「ぅおっ!?いや、俺じゃなくて…」
突然距離を詰めてきたクロテッド社長にシャロンは表情を引き攣らせる。
ミュスカも隣で身体を強張らせて固まってしまい、グレイは目をぱちくりとさせて様子を伺っており、シルクは変わらずフードを被ったままであるが静かに驚くように目を見開いている。
「いや、グレイはその隣にいる白衣の者です。彼らはその付き添いと言いますか…」
「ほほう、君がそうなのかい!」
クロテッド社長はグレイに視線を移し、興味深そうにじーっと見つめる。
カネルは心の中で焦りが渦巻き始め、グレイに向かって「余計な事は言うんじゃないぞ」と念を送る様に視線をぶつける。
グレイは数秒固まるも、次第に表情をにやりと怪しい笑みに変化させていく。
「君とは初めましてだねぇ。僕はグレイ・ケミスティア、天才魔法薬学研究者とは僕の事さ。グレイ博士でもケミスティア博士でも、好きなように呼んでくれたまえ!」
グレイは伊達眼鏡をくいと上げながら、いつものような態度でそう宣言する。
部下達はぴしりと固まり、カネルはがくりと頭を下げて溜息を吐いた。
相手は有名会社の社長であり、様々な功績を残している目上の人物。
それに加えて初対面であるにも関わらず、敬語を使わずに堂々とした対応をとるグレイ。
流石に失礼にも程があるだろう、とその場のほとんどの者が心の中で叫んだ。
シャロンとミュスカも冷や汗を流しながらクロテッド社長の様子を伺うが、クロテッド社長から返ってきた反応は拍子抜けするものであった。
「ははは!良いねぇその堂々たる宣言。まさかグレイ君と此処で会えるとは思っていなかったよ」
クロテッド社長は爽快な笑顔でグレイの手を取って握手をする。
グレイは博士と呼んでくれなかった為か、笑顔がみるみるうちに不満そうな表情に変わっていく。
そんな様子をカネル達は内心はらはらさせていた。
シルクも静かに二人の様子を伺っていたが、ふと一つの違和感を覚える。
(…無理矢理笑顔を作っている気がする)
言葉には出さず、只静かにクロテッド社長の表情を見てそう思ったのであった。




