66. 交渉
軍服を身に纏う二人、カネルとアベルは真剣な面持ちでティピックに近付く。
報告書などの書類が入っているであろう封筒が差し出され、ティピックはそれを受け取り中身を取り出した。
一通り内容を流し読みすると、目を軽く細めて書類を持っていない方の片手を自身の顎に添える。
「これはまた難儀な異常発生だねぇ。この地域で起こるのは初じゃないかな」
「あぁ、発生源はいつもランダムで特定が難しいんだが、ここまで離れた地域にまで発生するとはな。本部も頭を抱えている」
シルクは存在感を消していながらも、静かに息を殺して会話に耳を傾ける。
不本意に盗み聞きをしている形になってしまい複雑な気持ちになるも、魔物の異常発生に関する任務の大半はシルクに回ってくる。
いずれこの会話の異常発生についても自分が向かう事になるのだろう、と考えながら目の前の様子を伺う。
昼間に会ったカネルとアベルは普段着であったが、今の軍服姿が本来の魔物討伐特攻隊としての姿となる。
背筋を伸ばした威厳ある佇まいで、一つ一つの動作にブレが見られない。
いざという時に直ぐ判断し動けるよう、日々洗練されているのだろう。
カネルとティピックが話しを続けている間、カネルの斜め後ろにいるアベルは静かに会話に意識を向けている。
少し離れたところでウィンもティピック達の様子を伺っているが、シルクの時と違って笑顔は浮かべず、真剣かつ冷ややかな視線を向けている。
ティピックとウィンは妖精族であり、人間と比べて魔力量は多い。
しかし此処にいる魔物討伐特攻隊の隊長とその部下は一般の魔法使いよりも高い魔力を保持している実力者だ。
ウィンも二人の只ならぬ魔力の流れに警戒しているのだろうな、とシルクは心の中で考察していた。
…その直後、シルクは再び目を見開いた。
正面を向いていたアベルが、丁度シルクがいる観葉植物付近に視線を移したのだ。
存在感を消す魔法薬は確実に発動されているため、姿は見えないはずなのだが。
しかしあくまでも存在感を消すものであり、完全に透明人間になっている訳ではないのも事実。
シルクは呼吸を忘れ、「今の自分は壁、今の自分は壁…」と心の中で唱え出す。
「わかった、この件も新たな依頼として申請しておこう……ところで君、どうかしたのかい?」
話しに区切りを付けたところで、ティピックは視線を外しているアベルに声をかける。
声をかけられたことで再びティピックに視線が戻るが、目付きは鋭いままだ。
「…いいえ、何でもありません」
明らかに何か言いたげな様子であったが、制帽のつばを指先で掴んで目線を隠す様に軽く下げた。
ティピックは「そうかい」と首を傾げる様子を見せるが、内心ではひやひやしていた。
シルクが一歩も動いていなければ、明らかにその場所に向かって視線を向けていたことになる。
観察力が鋭いとは思っていたが、もしや気配察知能力までも…と苦笑いを浮かべそうになるのをぐっと堪え、再び営業スマイルに戻る。
「さて、他に追加の報告は無いかい?そろそろ時間が迫ってきているからねぇ、こちらも一応暇ではないんだ」
「そう急かすなよ。…最後に一つだけ聞いても?」
カネルは何かしら期待を込めているような眼差しをティピックに向ける。
「その異常発生については、いずれ例の”何でも屋”に依頼するんだろうな」
「…さぁ、どうだろうねぇ」
ティピックとカネルは互いに笑顔だが、ぶつかり合う視線の間では明らかに火花が散っているように見える。
何だろうこの妙な予感は、と存在感を消しているシルクは傍観しながら続きの言葉を待つ。
「もし可能であれば、その何でも屋の依頼に同伴させてくれないだろうか」
ティピックは目をぱちくりとさせてから固まる。
アベルも驚いているのか、視線をカネルの方へ留めて固まってしまっている。
ウィンに関しては「何言ってんだこいつ」と言わんばかりに睨みつけるような、冷徹な視線をカネルにぶつけている。
しん、とその場に静けさが広がる。
シルクは一瞬驚愕の表情を浮かべるも、直ぐにすんと無表情に戻る。
しかし心臓がやたらと忙しなく動き、緊張感が走る。
「理由を聞いてもいいかい?」
「これまでは噂程度でしか何でも屋のことを知らなかったんだが、以前アベルが受けてくれた魔物討伐の後処理について聞いてから、何でも屋に興味が湧いてな。何でも屋の討伐方法は魔物討伐特攻隊として興味深いものだ。是非間近で見てみたい」
カネルは決してふざけておらず、真剣なまま理由を述べる。
後ろではアベルも同調するように視線をティピックに向けて逸らさない。
ティピックは軽く溜息を吐き、ロッキングチェアにぐっともたれてから前に姿勢を傾ける。
顔を上げると満面の笑みではっきりと答えた。
「残念ながら、私の独断では了承できないね」
今度はカネルが目をぱちくりとさせて固まる。
ティピックは仕事机に両肘をつき、顔の前で両手を組んだ状態で話を続ける。
「何でも屋に対して関心が向くのは結構、だが余計な詮索は控えて頂きたい。余計な情報が回れば、何でも屋として活動したくても出来なくなる可能性が出てくる。そうなってしまえばこちらとしても依頼が滞って回らなくなってしまうよ。それに、興味深いという生半可な理由ではね。命の保証は一切無いよ。…まさかとは思うけど、何でも屋にすべて責任を負わせようなんて思っちゃいないだろうね?」
その場の空気が一気に緊張感に包まれる。
ティピックから笑顔は消えており、カネル達を試すかのように冷たい視線をぶつけている。
そして妖精族特有の魔力の圧も加わり、少し離れたところで様子を伺っているシルクでさえも警戒してしまう程だ。
しかし、この場で怯んでいる者は誰一人いなかった。
「まさか。そんな無責任な考えは持ち合わせちゃいない。こちらはいつだって真剣だ。戦場で気を抜くような奴はうちには一人もいないもんでね」
カネルとティピックの静かな睨み合いは数秒程で終わった。
しかしシルクにとってはやたらと長く感じるものであった。
(どうしたものか…)
気配を消したまま、周りに聞こえることのない小さな溜息を零した。




