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「パナシアンベリーの生息地かい?」
裏魔法協会の事務所にて、ティピックは複数の依頼書を手にしながら顔を上げる。
質問を投げかけたシルクは狐面を取った状態で、普段通りの淡々とした様子である。
今後の依頼のスケジュールの調整の為に裏魔法協会へと足を運んでいるシルクだが、他にも気になっていることがあった。
パナシアンベリーの生息地について、噂では耳にしていても、実際にそれに関する依頼をこれまでに受けたことが無かった為、具体的な場所までは把握できていなかったのだ。
「確か北部にあるミルティーユ山の中腹付近で育つんじゃなかったかな。稀な果物だからなかなか見られない代物だし、育ったとしても近辺に住み着いている魔物に食べられて直ぐに無くなってしまうものだね」
「あの辺りって中腹と言えど気温が低い場所ですし、寒さに強い魔物が沢山いるイメージが強いですね。寒い環境ですからなかなか人は立ち入らない場所でもあります」
ティピックの秘書を務めているウィンは追加の依頼書をティピックの事務机の端にどさりと置くと、その内の一枚の依頼書を手に取ってシルクの方へと振り返り、にこりと笑顔に切り替わる。
「こちらが今後受けて頂く予定の依頼になります。緊急のものではございませんので、ご安心ください」
「ありがとうございます」
シルクはウィンが差し出している依頼書の内容を確認する。
内容は魔物討伐であり、見出しには”レッドウルフ”と書かれている。
「また異常発生が起きているみたいなんだよね、以前魔物討伐特攻隊にも任せたんだけど、また新たに数が増えているっていう報告が出ているんだ」
魔物討伐特攻隊という言葉にシルクは反応してしまい、軽く肩を揺らす。
昼間に質問攻めされたことを思い出し、一瞬と言えど苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。
瞬きと同時に無表情へと切り替わるが、シルクと付き合いが長い二人にとっては直ぐに気付く反応であった。
「シルク君、珍しく凄い表情をしたね」
「何かあったんですか?シルク様にそのような表情をさせるなんて…社長、何もしてませんよね」
「矛先を私に向けないでくれ」
「何でもありません、大丈夫です…多分」
いつもなら淡々として割り切るようにしているのに珍しい。
魔物討伐特攻隊という言葉に反応したのは明らかではあるが、ここまで動揺を見せるとは、とティピックは顎に手を添えながらふむと考える。
「先日言っていた部隊の一人の事を気にしているのかい?シルク君の身元がばれないように簡単にあしらってはいるし…直接会わない限り何も起きないと思うけどね」
「…その人、長身で目付きが鋭かったりしますか?」
「…んん?」
妙に限定された特徴を聞かれ、ティピックは首を傾げる。
確かに先日、「その何でも屋は何者なんだ」と疑い深く聞いてきた者は、長身で目付きが鋭い者であったような。
ティピックが否定しないことから、シルクは視線を伏せて表情に陰をつくる。
同時に肩も軽く落としている様子から、ティピックはまさかと思い目を見開いた。
「もしかして、会ったのかい?」
「…恐らく?」
確信をついた訳では無い為、シルクは疑問形で首を傾げながら答える。
それでも眉を軽く下げて困っているような様子である。
「シルク様、それはつまりまさか、再びストーカー被害に遭われているという事ではありませんよね?麗しいシルク様を困らせるなんて許せません、氷漬けにして差し上げます」
「落ち着きたまえウィン君…シルク君の事になると本当過激になるね」
「ストーカーではありません、大丈夫です…その、昼間に――」
直後、扉からノック音が鳴り響いた。
シルクは話すのを途中で止め、素早く狐面を付けてから扉の方へと振り返る。
「…来客の連絡はシルク君しか受け取っていないはずなんだけどな。ウィン君、案内を頼んだ」
「畏まりました」
「シルク君は…そこで良いのかい?」
ウィンはすんと真剣な表情を切り替え、扉の方へと歩いて行く。
その間にシルクは室内の端に置かれている観葉植物の植木鉢の横へ静かに並び、ポシェットから黒い液体が入ったスプレー式の小瓶を取り出す。
そのまま自らに向けて数回、全体に振りかけるようスプレーを噴射させると、ティピックが一度瞬きをして目を開いた時には、シルクの姿は見えなくなってしまった。
普段から持っているという存在感を消す魔法薬を即座に使用する辺り、相変わらず警戒心が強いなとティピックは苦笑いする。
さて、突然の訪問者は誰だろうか。
複数の仕事関係者を頭の中に思い浮かべるも、その予想はどれも外れてしまう。
扉が開き、ウィンの案内によって入ってきたのは二人の男性。
「連絡無しで訪問とは、緊急の要件かな?」
ティピックは得意の営業スマイルを浮かべながら二人に向かって話を促す。
目の前の二人は黒い軍服を身に纏い、腰にはそれぞれ愛用しているであろう武器が添えられている。
「突然すまない。魔物の異常発生についての件で、新たな発生源を突き止めたと本部から連絡が入ってな。前回の追加の報告と合わせて、そのまま内容を共有しに来た。この方が手っ取り早いと思ってな」
存在感を消したまま様子を伺っているシルクは目を見開いていた。
ティピックの前にいるのは、丁度昼間に会って話をしていた人物達なのだから。




