62. 競争
「さぁ皆、準備は出来たかい?」
グレイのかけている伊達眼鏡が太陽光の反射できらりと怪しく光る。
本日は空から降り注ぐ太陽光は眩しく、雲一つない快晴である。
グレイの前ではシャロンとミュスカ、シルクの三人も揃っており、各自足元には一つずつ植木鉢が置かれている。
そして、背後には水がたっぷりと入れられている大きい水槽が置かれ、太陽光の反射で水面がきらきらと輝いている。
「ふふふ、遂にこの時を待っていたよ。今日はよく晴れているし、シルクの仕事は休みだし、シャロンとミュスカも授業が無い日。つまり絶好の日だ!早速ヘリオスフラワーを開花させていこうじゃないか!」
グレイは意気揚々と左手を掲げ、その手にはヘリオスフラワーの種が入った布袋が握られている。
グレイ達はアパート裏の広々とした空き地にて、ヘリオスフラワーの開花を試みようとしていた。
「朝から違和感があるくらいそわそわしていたのはこういう事ですか…」
「余計な企みを考えてるのかとひやひやしたけど、ちゃんと研究に関連する事で安心したぜ」
ミュスカは手で影をつくって眩しい太陽光を遮るも、目を細めて眩しそうにする。
隣でシャロンは溜息交じりに言葉を零しながら遮光眼鏡を装着した。
ピュアポトスから新鮮な酸素を放出させるために必要となる光合成で必須となる太陽光。
これまでは一直線からの太陽光のみで光合成を行っていたが、それだけではどうしても影っている部分ができてしまい、光合成が行える部分が限られてしまう。
ヘリオスフラワーは開花すれば太陽光と同じ光を放出させることが出来る為、一直線のみならずあらゆる角度から光を当てて光合成させることで、より多くの酸素を放出させることが可能になると考えたのだ。
種から育てるとなると、通常なら開花させるまでに約二カ月は要する必要がある。
しかしこの場にいるグレイ達は皆魔力を宿しており、魔力を用いて植物の成長を早める手段を持っている。
魔法薬学を学ぶ過程の中では魔力を用いた植物栽培が必須項目となっている為、シャロンとミュスカも実際に魔法学校にて実践したことがある。
魔法薬学研究者となっているグレイも勿論の事、そしてシルクも依頼を受ける中で植物栽培の経験があった。
グレイは各自に一つずつ種を渡すと、自身も一つ手に持って満足気に笑みを浮かべる。
「それじゃあ早速始めてしまおう、やり方は皆分かるね?」
「一応頭には叩き込んであるけど、今回は直接魔力を注ぎながらなんだよな?」
「しかも今回はヘリオスフラワーですし、体力が持つがどうか…」
魔法植物によっては魔力量で育つ早さが異なってくる。
少量の魔力で十分なものもあれば、大量の魔力を必要とするもの、中にはじっくり時間をかけて注ぐ必要があるもの、一度に大量に注ぐ必要があるものと様々だ。
ヘリオスフラワーの場合、膨大な魔力を注いでいく必要がある。
皆が莫大な魔力を要している訳では無い為、魔力を入り混ぜた肥料を使用するのも手段の一つだ。
今回は花屋で購入した魔力が含まれた肥料も使用するのだが、あくまでも補助としての使用。
一気に開花させるには直接魔力を注いだ方が早いのである。
「ふふ、これを機に自分の魔力でどれだけ成長させられるかを測ってみようじゃないか。もしもの時はこの回復ポーションを飲んで魔力回復させれば良い」
そう言いながらグレイは薄い水色の液体が入っている小瓶を白衣のポケットから取り出し、各自に渡していく。
グレイお手製のポーションである為、シャロンとミュスカは複雑な表情を浮かべながら受け取った。
「…余計なもの入れてませんよね」
「今回は真面目に作ってあるから安心してくれたまえ」
「今回はじゃなくて普段からそうしてくれよ」
ジト目を向けている二人の様子にシルクは目をぱちくりとさせる。
この様子だと何回か何かしらされているのだろうな、と心の中で労る。
グレイのことである為流石に身体に重い影響を及ぼすようなことはしないだろうが、と考えるも、実際に不真面目で作られたポーションを飲んだことは無い為何とも言えない。
そもそもシルク自身、魔力を回復させる為のポーションをこれまでに使用したことが無いのだが。
各自植木鉢に種を植え、傍らに一つずつ水が入った上呂と小分けされた肥料を置く。
ヘリオスフラワーは太陽光も養分として成長する為、影ができないようにグレイ達は一列に並んだ。
植えた辺りに軽く肥料をまき、十分に水を注ぐ。
そして植木鉢の前で両手を掲げ、意識を集中させる。
数秒後、早速一つの植木鉢で動きが見られた。
シルクの植木鉢から新芽がぽんっと顔を出す。
「嘘だろ早くね!?」
シャロンは隣で驚愕しながらも、魔力を注ぐことは忘れずに手をかざし続ける。
ミュスカも静かに集中しているが、額から一筋の汗を流す。
そして、もう一つの植木鉢からも新芽が生える。
グレイの植木鉢だ。
「あははは!僕も芽を生やすことに成功したよ。さぁさぁ二人ともぉ、このままだと大きく差が開いちゃうよぉ?」
「ぐぬぬ…負けてられっかよ!」
「先生といえど負けられません…!まずは芽が出てからです、芽さえ出てしまえば一気に成長させられるはず!」
グレイの挑発にシャロンとミュスカがのってしまうが、シルクは黙々と追加の水と肥料を少しずつ注ぎながら手をかざし続ける。
そうして十分は経過した頃。
新芽はぐんぐん伸びていき、葉が大きく、主枝が力強く太く育っていく。
長期間の成長過程を早送りの映像で見ているかのように成長していく様子に、グレイも黙って見てしまう程。
シャロンとミュスカの植木鉢からも芽が出て数センチ程成長した段階で、シルクの植木鉢は大きな蕾が出来上がっていた。
シルクは手渡されていた遮光眼鏡を装着し、再び意識を集中させた。
蕾は全身で光を浴びるように太陽の方へと向き、大きく膨らんでいく。
そして、中心から黄色い花弁が現れるとそのまま大きく開いていった。
ヘリオスフラワーが無事開花され、中心から光が放たれる。
「か…か、開花したぁぁ!!」
グレイは興奮気味に叫ぶ。
植木鉢の前でかざす手はそのままであるも、視線は開花されたシルクのヘリオスフラワーに向かっている。
グレイの育てているものでさえも小さな蕾がようやくできた段階であり、シャロンとミュスカは大きな葉が数枚出来上がった段階。
普段からここまで一気に魔力を消費させることが無い為、三人は既に汗でびっしょりな状態である。
本来なら肥料だけで数日間、魔力を直接注いでさえも早くて数時間はかかるだろう。
ヘリオスフラワーの場合は蕾ができてからが本腰を入れて膨大な魔力を注ぐ必要があるのだが、シルクは蕾ができてからも魔力を数分間注ぎ続けて見事に開花させてしまった。
「皆さん…そろそろポーションを飲んだ方が良いのでは?」
シルクは少し不安そうな様子で語り掛けるも、グレイ達はポーションには手を伸ばさず手をかざし続けている。
一滴も汗を流さず涼しい表情をしているシルクの魔力保持量の桁違いさを実感するも、それを目の当たりにしたのもあってか、彼等の中では闘争心が芽生えていた。
「せめて…シャロンには負けてられません」
「こっちだって、ミュスカに、負けてられっかよ…」
汗をぼたぼたと流しながら二人は睨み合う。
いつの間にか競争になってしまっている、とシルクは軽く溜息を吐いて二つのポーションを手にする。
流石にこのままでは倒れてしまう。
そう思いながら小瓶の蓋を開けて片手ずつ持ち、背後からシャロンとミュスカの間にしゃがむ。
顔だけこちらに向けるようそれぞれの肩を軽く叩き、振り向いたところでそれぞれの口元にポーションを突っ込んだ。
二人は突然の事に驚くも、口の中に流れ込んだポーションを素直に飲み込む。
即効性である為、みるみるうちに魔力が戻ってくる感覚に満たされた。
「倒れてしまったら元も子もありません。ちゃんと回復させながら進めましょう」
「…ありがとうございます」
「さんきゅ…てかシルクは本当に大丈夫なのかよ?」
「私は大丈夫です」
追加のポーションも傍に置いておこうとグレイの方へ振り向く。
どうやらグレイの育てているヘリオスフラワーも開花間近のようであり、蕾が大きく膨らんでいた。
しかしやたらと静かである。
「先生?大丈夫で…はなさそうですねこれ」
「目が回ってるじゃねぇか!」
「へへぇ…まだ、後もう少しだからぁ…」
瞳をぐるぐると回しながら大量の汗を流し、湯気が立ち上る勢いで顔は真っ赤である。
それでも笑いながら手を掲げて魔力を注ぎ続ける。
シルクはすかさずポーションを突っ込もうとグレイに近付くが、グレイは首を横に振って拒否する。
「ふふ…僕の限界が、何処までなのか…思い知らせて、くれないかなぁ?」
魔力の限界値を知りたいという好奇心に煽られてしまい、魔力切れ間近にも関わらず恍惚な笑みを浮かべている。
流石は探究心の塊、とシルクは呆れると同時につい関心してしまった。
シャロンとミュスカも既に知っていることからか、グレイを無理して止めようとはしない。
一応倒れてからでも休ませれば回復はする。
ポーションを飲ませられなくても、回復魔法でどうにかしようと流石にシルクも止めることを諦めた。
そうして、グレイの育てているヘリオスフラワーも無事開花する。
開花すると同時にグレイはばたんと仰向けに倒れてしまった。
「はは、は…開花、した…」
倒れても尚嬉しそうに笑みを浮かべている。
ゆっくり深呼吸すると、そのまま動かずに静かに眠ってしまった。
完全に気絶である。
「先生も回復なしで開花させてしまうとは…倒れちゃいましたけど」
「やっぱり先生の魔力量も半端ないよな…倒れたけど」
二人は追加のポーションを傍らに栽培を続行する。
シルクは開花した二つのヘリオスフラワーに遮光用の布を被せ、倒れたグレイに向かって回復魔法を施したのであった。




