61. 必要条件
「そういう訳で、僕の方にも依頼について連絡が来るようになってな。部下達には本来の業務以外の仕事までまわしてしまう始末…本当申し訳無いな」
「俺達は気にしてませんよ…そもそも、グレイさんが直接依頼を引き受けることは出来なかったんですか」
「一瞬それは考えたんだが…安全に依頼を成功させるには、僕が仲裁に入る方が最適だと考えてな。グレイが話し合いに参加すると話が一向にまとまらない未来が想像できる」
「はは、僕よりもカネルの方が交渉とか得意だもんねぇ。聞いた感じその社長って相当孫娘を溺愛してるんだろうねぇ、多額の前払金をぽんっと送ってくるくらいなんだからさ…最終的には何でも金で解決させようとしてきそう、なんてね」
グレイは呆れたように軽く溜息を吐き、クッキーを一つ手に取ってぽいと口の中に放り込んだ。
依頼を引き受ける経緯を知ったシルクは静かに珈琲を飲みながら、社長の人物像を簡単に想像する。
具体的な前払金の金額は分からないが、施設で管理されている機材などを新調するのに必要な金額でさえも一部と表現していることから、相当多額な金額なのだろうと予測する。
そのような多額な金額を一括で支払えるほど、グレイの言う通り孫娘を溺愛しているのだろう。
「一から会社を立ち上げて実績を伸ばした聡明な人ではあるんだが、孫娘となると判断力が鈍るのかね…とまぁ、依頼の経緯についてはこんな感じだ。なぁグレイ、今後の進捗はどれくらいかかりそうなんだ?」
カネルは真剣な表情で目を軽く伏せる。
依頼を引き受ける前の時点で孫娘は山場を越えてから平行線を辿っている状態であり、今でも尚苦しんでいる状況となる。
はっきり言って時間は長く掛けられない。
いつになるか分からないタイムリミットの中、パナシアンベリーを一刻も早く栽培させる必要があるのだ。
グレイは咀嚼していたクッキーを飲み込むと、腕を組みながらむむと唸り声を漏らす。
「何か問題があるのか?必要な素材があるなら取り寄せるよう手配するが」
「いや…高濃度な酸素の放出が可能になったし、肥料についても既に調合が進んでいるから、ぶっちゃけ後は魔力についてをどうにかすればいいんだけどね」
グレイはちらりと、隣に座っているシルクに視線を移した。
シルクは何故こちらを見るのだろうと疑問になり、首を傾げる。
「ねぇシルク、もし良ければなんだけど…君の力を貸してくれないかい?」
「…私ですか?」
目をぱちくりとさせ、ふと視線を前方にいるカネル達に向ける。
二人からも視線を向けられており、カネルは興味深そうに、アベルは警戒心を含めたような視線である。
三方向から視線をぶつけられ、シルクは今すぐ自室に籠りたくなるのをぐっと我慢した。
ここでカネルは、グレイが以前、電話越しで魔力については思い当たる人物がいるかのような言葉を漏らしていたことを思い出す。
その人物というのが、この不思議な魔力を纏っている人物…シルクであることを確信させた。
「パナシアンベリーを育てるには高濃度な魔力…とてつもない量の魔力を注ぐ必要がある。それをシルクにも協力してほしいんだ」
「…私の魔力で足りるでしょうか?」
「僕は十分だと思うよ?」
軽く眉を下げて不安そうな様子なシルクに対し、グレイは苦笑いを零す。
シルク自身がどれほどの魔力を保持しているかは不明であるが、相当高い魔力を秘めていることは間違いない。
「で、どうなんだ?協力してくれるのか?」
カネルも真剣かつ期待を込めた声色でシルクに訪ねる。
シルクは軽く視線を伏せて数秒考えるも、その後顔を上げてこくりと頷いた。
「…わかりました、少しでもお役に立てれば幸いです」
「ありがとうシルク!あぁ~、断られたらどうしようかと思ったよ!さぁさぁ、このままパナシアンベリーの栽培方法の説明言っちゃうよ、言わせてくれたまえ!!」
グレイは待っていましたと言わんばかりに瞳を輝かせながら立ち上がり、その振動で珈琲カップに残っている珈琲が軽く揺れる。
そんなグレイの勢いにアベルは若干引き気味であり、カネルははいはいと軽く相槌を打ってから珈琲を飲み干した。
シルクはテーブルに広げられている資料に視線を移しつつ、グレイの説明を大人しく聞くことにした。
――
――
基本的に植物が育つには、光、水、空気、土壌、温度、養分の条件が揃うことが必要不可欠である。
パナシアンベリーの場合は、その中でも特に空気と養分が重要ポイントである。
そして、魔法植物となれば魔力の蓄えも必須条件だ。
パナシアンベリーが育つ上で欠かせない三つの要素である高濃度な酸素、高品質な肥料、高濃度な魔力。
これらのどれか一つでも欠けてしまえば、パナシアンベリーは育たなくなってしまう。
確実に実が実るまで、これら三要素を一定量万遍なく注いでいく必要があるのだ。
「最初に、種をまく前から辺りを高濃度な酸素で満たさないといけないんだ。その為に事前にピュアポトスとヘリオスフラワーを準備して万全な環境をつくるのが第一段階だね。酸素が逃げないようになるべく密閉された場所で育てるのが最適だから、簡易的なビニールハウスを作ってしまおう。場所さえ確保すればあとは実行するだけだしねぇ」
「場所なら施設を借りた方が効率良くありませんか。その方が設備も整っているはずですし、一から作るとなると手間がかかりますよね」
アベルは率直な疑問をグレイにぶつけるが、グレイがみるみるうちに怪訝な表情へと変わっていく様子についジト目になってしまう。
「…何ですかその表情」
「施設に行くのは御免だね。あんな狭苦しい環境じゃあ思うように実験を進められないよ」
「相変わらずだな…今回はグレイの好きなようにさせてやれ、その方が効率よく進みそうだ」
施設で活動していた際は意見の反発だらけで、思うように研究を進められなかった思い出しかないグレイにとって、再び施設で研究を進めることに抵抗感を抱いている。
カネルはその旨を十分承知している為、解せぬと言わんばかりに表情を引きつらせているアベルをため息交じりで宥めた。
「アパートの裏側ならビニールハウスを設置できるくらいのスペースがあるはずだから、そこに作ってしまおう。設置したらピュアポトスを四株と…ヘリオスフラワーは最低十本はいるかな」
「これはまた随分大量に必要だな…つい流してしまったんだが、ヘリオスフラワーなんて貴重な魔法植物をよく手に入れられたな。そんなに準備してあるのか?」
「シルクのお陰で種を調達できたんだよ。この前も皆で競争しながら一本ずつ開花させたんだけど、それはもう眩しいものだったよ」
グレイは恍惚とした笑みで語っているが、それに対してカネルは笑顔のまま固まり、アベルは話が付いていけないと言いたげな様子である。
「ヘリオスフラワーでさえも相当な魔力を必要とするはずなんだが…それを各自、一本ずつ?しかも競争?」
「そうだよ。流石にシャロンとミュスカはばてちゃったし、僕も最後には疲れ果てちゃったんだけどねぇ…開花したヘリオスフラワーを見れた時は疲れが吹っ飛んじゃうくらい嬉しかったよ」
「…その直後に博士も倒れちゃいましたけどね」
シルクはふうと溜息を吐きながら、当時の様子を思い出した。




