60. 依頼の経緯
とある有名会社の社長には、孫娘がいる。
その孫娘は生まれつき身体が弱く病弱体質であり、何度も体調を崩していた。
そんなある日の事、孫娘は再び風邪を拗らせてしまうのだが、今回の風邪がなかなか治らず、容態は悪化してしまう。
幾多の病院に駆けつけるも、何処の病院でも匙を投げられてしまう程の容態となってしまっていた。
幸い山場は超え、現在も自宅にて療養中とのことだが、平行線続きで一向に体調は良くならない。
両親は勿論の事、社長も必死になって容態を治すための方法を探してまわった。
そこで、ある伝手からパナシアンベリーの情報を入手する。
パナシアンベリーはどのような病でも治してしまう、魔法の果実であると。
藁にもすがる思いでパナシアンベリーの入手方法を探るも、数年に一度実るか実らないかと言われている代物。
更には入手環境が人々にとっては過酷な場所であり、例え見つかったとしても持ち帰ることさえ困難と言われている。
社長は頭を抱えた。
愛しい孫娘が命の危機で苦しんでいるというのに、このまま何もできずに最期を迎えてしまうかもしれないのに。
どうにかしてパナシアンベリーを入手する方法を探りに探った。
そうして、新たに一つの情報を入手する。
”魔法薬学大学に関連する施設の一つが、パナシアンベリーの種を保管している”、と。
数十年以上前に発見され、且つ奇跡的に入手されたパナシアンベリー。
それは魔法薬学会の規則に則って使用され、最終的に残った種は魔法薬学大学の関連施設に厳重保管された。
その関連施設では様々な魔法植物を取り扱っており、栽培の実験も行っている。
社長は直ぐに関連施設と連絡を取り、パナシアンベリーの種を育てて果実を実らせるよう依頼を申し出た。
その依頼を直接受けることになったのが、カネルの大学の後輩である。
新人の魔法薬学研究者であり、関連施設に配属されてから一年も満たない者だ。
そのような者が何故依頼を引き受けることになったのか。
要因はいくつかあり、一つは偶々所属している部署でパナシアンベリーの種の保管を担っていたから。
もう一つは、社長からの多額の報酬。
しかも前払金として多額の報酬を差し出され、当初後輩は困惑した。
パナシアンベリーの栽培は高難易度なものであり、魔法薬学研究者としての知識があるからこそ、手を出すには難しすぎるものだ。
まだまだ新米と言える立場でこの依頼を引き受けるのは無謀である。
そう判断し、後輩は依頼を断ろうとした。
しかし断ることは出来なかった。
社長が先手を打つように前払金を施設に送り込み、そのお金は施設を管理する者によって一部使用されてしまったのだ。
施設では多くの魔法植物を管理しているが、管理する為の細かな備品や機材は年々劣化していくため、定期的にメンテナンスや新調が必要となる。
当初施設では新調の時期が迫っており、そのためにも高額な費用が必須であった。
そんな時に送り込まれて来た多額のお金。
施設管理を担っている者の目が眩み、依頼内容を詳しく知らずにそのまま一部に手を出したのだ。
後輩は前払金の使用を知り、すぐさま管理職に問い合わせた。
管理職の者は依頼内容について聞くと一瞬狼狽えるも、「依頼を受けたのは君だろう」と責任を押し付けるように追い払われてしまう。
前払金を返そうにも、既に一部、一部と言えど高額なお金を使用してしまったことで、返金が不可能になってしまった。
しかも前払金を返さずに日数が経ってしまったことから、社長は依頼を引き受けたものだと判断してしまう。
その旨の連絡を受け取った後輩は、謝罪を含めて社長に依頼の断りを入れようと申し出た。
前払金は全額きっちりお返しする為、この依頼を引き受けることは出来ません、と。
しかし社長はその断りを拒否した。
前払金を既に使用しているのであれば、依頼を引き受けたのと同じことだと。
それに、孫娘は今でも尚病に苦しみ続けており、いつ急変してもおかしくない状態。
一刻も早くパナシアンベリーを栽培してほしいと、必死に訴える社長の様子に、後輩は再度強く断りを入れることが出来なくなってしまった。
強引に押し付けられるように引き受けてしまった、この難題な依頼。
後輩は同部署に所属する先輩に相談するも、先輩もお手上げの様子である。
「力になりたいのは山々だが、パナシアンベリーとなると事例が無く難しすぎる。それに、希少な種を消費することになるし、もし失敗すればどうなることか。魔法薬学会から訴えられて、名誉剥奪は覚悟した方がいいだろうな」
後輩は絶望した。
魔法薬学研究者になることを夢見て、必死に学び、この手で掴み取った名誉。
この名誉を胸に、魔法薬学会に貢献していこうと誓ったというのに。
しかも相手は有名会社の社長。
もし依頼が失敗に終わり、孫娘が最悪な状態となってしまえば、社長からも訴えられてしまうかもしれない。
そうなれば家族にも、周りの大切な人達にも迷惑をかけてしまう。
後輩は必死に栽培方法を模索し、施設に籠って研究を続けた。
実際にパナシアンベリーの種を使用するわけにはいかず、入手しやすい同系の果実の種を使用した。
しかし、パナシアンベリーは特殊な環境で育つ魔法植物。
同系と言えど栽培環境に大きく差があるため、思うように研究は進まない。
周りの先輩からは同情するような視線を向けられるだけで、研究を手伝おうとは一切しない。
用は責任を負いたくないのである。
誰もが名誉を剥奪されたくないし、訴えられたくもないのだ。
一人押しつぶされそうになる中、後輩は一つの連絡を受け取った。
学科は異なるが、学生時代に交流のあった先輩、カネルからの連絡。
久しぶりに会わないか、という純粋な連絡だ。
それは後輩にとって、救いの手のようなものであった。
後輩は直ぐに会う日程を組み、カネルと合流する。
カネルは後輩の疲弊した様子に驚きながら事情を聞くと、一つの提案を口にする。
「僕の友人に魔法薬学研究者がいるんだが、そいつならもしかしたら興味を持つかもしれないな」
その提案は後輩にとって唯一の救いの言葉であった。
実際にカネルはその友人、グレイにパナシアンベリーの栽培について話を持ち込むと、予想通り大きく興味を持つことになる。
「パナシアンベリーとはま~た珍しい魔法植物じゃないか。まだこの目で見たことのない魔法植物かぁ、何だかわくわくするね!」
グレイは一度気になればとことん追究していく、天才の魔法薬学研究者。
カネルにそのような友人がいることに後輩は驚きつつ、グレイが興味を示してくれたことに感激を受けた。
そしてその感激は、依頼者である社長の耳に渡ることになる。
実際に社長が施設に訪問してきた際に、後輩がついグレイについて話してしまったのだ。
魔法薬学研究者の界隈では一目置かれているグレイであるが、現在どのように活躍しているのか、ほとんど不明な状態である。
社長は興味を示し、居場所を教えるよう後輩に詰め寄った。
しかしグレイは現在自由気ままに個人活動をしており、どの施設にも所属していない。
後輩は社長がグレイと会いたがっていることを相談するも、カネルは悩んだ。
グレイは癖が強く、正直言って何をしでかすか分からない。
しかも当時は常に薬品の匂いを身に纏っており、社長に会わせられる状況でないと判断する。
カネルは後輩と共に社長と実際に会い、グレイについては直接会わせることは難しい事を説明した。
「では、栽培はできないと?」
「いいえ、まだそのようなことは…!」
「落ち着いてください。確かにパナシアンベリーの栽培は難易度が高い物だと言われていますが、まだ不可能だと決まったわけではありませんので」
後輩は必死な表情で、カネルは冷静な口調で社長に語り掛ける。
社長は深く息を吐くと、視線をカネルに移した。
「魔法薬学研究者の中でも天才と言われる彼と直接会うことが出来ないのは残念な事だが…君なら、そんな彼と直接交流ができるんだね?」
「えぇ…そうですが」
「ならば、代わりに君にも依頼を担ってもらいたい。もう時間が無いんだ。どのような手段でも良い、一刻も早くパナシアンベリーを栽培してくれ、頼む」
目の前には必死に懇願する社長の姿。
隣には疲弊し困惑している後輩の姿。
カネルは心の中で溜息を吐き、冷や汗を流した。
(…まーたお人好しって言われちゃうな)
実際グレイは興味本位でパナシアンベリーの栽培方法について、既に簡単にではあるが手順を考えている状態であった。
高濃度な酸素、高品質な肥料、高濃度な魔力。
魔力についてはまだ分からないが、酸素と肥料についてはグレイならもしかすると…。
グレイと長く関わってきたカネルだからこそ、その可能性が浮上してしまう。
何よりも、困っている人を放っておくことは出来ないカネルは、依頼を承諾したのであった。




