57. 異言語魔法
藁の箒をせっせと動かし、散らかり放題になっていた落ち葉は一箇所にまとめられる。
シルクがふうと息を吐くと、頭上からちちち、と小さな鳴き声が翼を羽ばたかせる音とともに降りてくる。
その正体はヒヨドリで、しばらく空中で羽ばたいてからシルクの肩に小さな足をつけた。
シルクは軽く顔を傾けてヒヨドリに視線を移し、意識を集中させる。
「…こんにちは。巣作りは順調?」
ぽつりと呟くようにヒヨドリに声をかけると、ヒヨドリは反応するかのように鳴き声をあげだす。
その鳴き声は、シルクには言葉として翻訳される。
『ええ、もう少しで完成するわ。貴方の集めた落ち葉を頂いても良いかしら?』
「勿論良いよ」
『ありがとう、これでもっと巣を頑丈にさせるわよ〜!』
ヒヨドリは羽ばたき、こんもりとした落ち葉の山に一直線に向かっていった。
小さなくちばしで落ち葉をつつきながら吟味している様子を、シルクは微笑ましそうに見つめる。
シルクの扱う魔法の種類は多岐にわたる。
その中の一つに、人以外の動物と言葉を交わすことが可能となる魔法、異言語魔法というものがある。
異言語魔法を発動させると対象の動物の言葉が脳内で翻訳され、自身の言葉も対象の動物の脳内で翻訳されてコミュニケーションが可能となる。
この魔法は仕事中にも役立ち、潜入捜査の情報収集の際に重宝している。
そして仕事以外、プライベートでも偶にこうして異言語魔法を使用しているのだが、シルクにとっては癒しの時間の一つでもある。
人間関係に疲弊することが多くあったシルクにとって、人以外の動物は素直で話しやすい存在となっているのだ。
『これとこれと…あと、これも頂こうかしら。あぁどうしましょう、気になる素材が多くて迷っちゃうわ』
「良ければ巣の近くまで一緒に運ぼうか?」
『そうね、そうしてもらいましょ!貴方は本当に優しくて素敵な人間ね!』
ヒヨドリは機嫌良く羽ばたいて再びシルクの肩に乗る。
シルクは吟味された落ち葉をふわりと浮かせ、箒を持っていない方の手に一枚ずつ積み重ねると、ヒヨドリの巣がある場所へと足を進めた。
そして、太い幹から細い幹、枝へと辿るにつれて若葉が生い茂っている大きな木の前で立ち止まる。
若葉に覆い隠されるように、ヒヨドリの作りかけの巣が木の幹同士の間にすっぽりと収まる様に乗っている。
『ダーリンもこの辺りで巣の素材を探している最中なの。それらを集めればもう完成間近ね。貴方にも是非見てほしいわ、もっと近くで見て頂戴!』
ヒヨドリは先に飛び立ち、巣がある場所の近くでホバリングしシルクが来るのを待つ。
シルクは箒を横向きにして柄に腰かけるように体重をかける。
そのままふわりと宙に浮き、静かに巣のある場所へと近づいた。
『貴方が此処に来てから、辺りの自然が元気を取り戻したわ。お陰でこうやって天敵から見つかりにくい場所に巣を作ることができた。本当にありがとう。私の友達も皆喜んでるわ!』
「皆の役に立てて光栄だよ…でも、まだまだこれからだね」
本来ならもっと自然豊かな場所であったに違いない。
その段階にまで戻すには、まだ時間がかかるだろう。
魔法薬を使用するにしても、加減を間違えてしまえば成長を早め過ぎたり栄養過多で逆に枯らせてしまう。
少量ずつ使用していき、成長過程を見守りながら自然を豊かにしていくことに、シルクは心の中でわくわくしていた。
あぁ、やっぱり私は植物が、自然が好きなんだなと実感する。
そこに、新たにもう一羽のヒヨドリが近付いて来る。
雄のヒヨドリ…今シルクと話しているヒヨドリのパートナーだ。
シルクに近付くことで、雄のヒヨドリも異言語魔法の対象となる。
『お待たせハニー、追加の小枝を調達できたよ。そしてこんちには、素敵な人間さん』
「こんにちは」
『ありがとうダーリン、さぁ、貴方の持ってきた小枝とこの落ち葉を良い感じに合わせれば完成ね!』
ヒヨドリ達は小さなくちばしで器用に落ち葉と小枝を巣に組み込んでいく。
ふとシルクは箒に乗ったまま軽く方向転換し、辺りの自然を見渡した。
アパートに来た当初と比べ、寂しく見えていた自然は彩を取り戻しつつある。
それに比例するように自然の動物達も集まるようになり、花が咲けば蜜を求める動物たちが集まって更に自然が彩っていくだろう。
その景色をこの目で見るのも、シルクにとっての楽しみの一つとなっている。
これまでは生き甲斐というものが無く、淡々と日々を過ごしてきていた。
しかし今では楽しみがある。
一つ一つが小さな出来事だとしても、楽しみであることには変わりないのだから。
「…そろそろ戻らないとかな」
グレイからの一緒に研究についての話を聞いてほしいという頼みを思い出し、ヒヨドリ達に声をかけると、二羽はぱたぱたとホバリングしながら元気に返事をする。
『それじゃあ巣が完成したらまた報告するわね』
『僕らの手助けをしてくれてありがとう、またハニーと一緒にお礼をさせてくれ』
「うん、楽しみにしてるね。それじゃあまた」
シルクは軽く手を振り、木から離れて落ち葉の山がある場所へと戻っていく。
地面に足を着け、再び箒で掃除の仕上げをしてから掃除は終了した。
ちなみに、シルクが丁度いた場所は広間の窓から見える景色であった。
シルクは掃除やヒヨドリ達との交流で夢中になっていたが、シルクの先程の一部始終は広間にいる者から目撃されている。
「あれ、どういうことですか」
「…彼女、本当に何者?」
「えっとねぇ…あはは」
カネルは笑顔のまま詰め寄る様に身を乗り出しており、グレイは苦笑いで視線をわざとらしく反らす。
アベルはシルクがその場を去ってからも窓からの景色を凝視し、有り得ないものを見たと言わんばかりに目を見開いていた。




