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欠落万能屋は記憶を探求する  作者: 多津身 光
第二章:難題な依頼
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55. 人見知り

「あれ、二時じゃなかったっけ!?」


「どうやらそうでは無かったようですよ、急いで下さい」



シルクはカネル達を広間に案内した後、直ぐにグレイがいる研究室に直行。

ノックしてから扉を開けると、グレイが複数の資料を作業机に数枚散らばらせたまま一枚の資料を睨んでいる様子を目撃してシルクは溜息を吐く。


そして友人が訪問してきたことを伝えると、グレイ自身も驚いた様子であった。

訪問時間を勘違いしてしまっていたのはもう仕方が無い。

直ぐ広間に向かうよう伝えると、グレイは慌てて作業机にある資料をまとめた。


扉を開けたまま研究室を出たグレイの後ろ姿を呆れた様子で眺め、シルクもそのまま一階へ向かう事にする。

事前に準備していた珈琲とお茶請けのクッキーを出すために、まずは食卓へと足を進めた。



――

――


「…これは驚いたね」



広間に案内されたカネルとアベルはソファに座り、グレイがやってくるのを待っている。

そんな中、何度かこのアパートに訪問したことのあるカネルは辺りを見渡してからぽつりとそう呟いた。



「隊長、どうされたんですか」


「いやぁ…以前来た時と変わって、本当に物凄く綺麗になってるからさ」



アベルもつられて室内を見渡す。

埃や塵の無い綺麗な床、汚れが付着していない白い壁。

窓は綺麗に磨かれて外の景色が良く伺え、レモン色のカーテンは窓から差し込まれる太陽光が当たっている部分が輝いて見える。


確かに綺麗に整えられた空間である。

しかしアベルは以前の環境がどのようなものなのかを知らない。

同僚から聞いた汚部屋製造機という言葉から何となく予想していたのだが、その予想は外れたなと自己完結してしまう。



そして、目的の人物が広間にやってきた。



「待たせてごめんよー、時間を勘違いしちゃっててさぁ」



そこにやって来たのは、白衣を身に付けた眼鏡の男。

急いできた為か、眼鏡は少し斜めにズレた状態のままだ。

申し訳なさそうに眉を下げながら笑顔で後頭部を軽く掻き、右腕には資料の束が挟められている。



(この人が、隊長の御友人…魔法薬学研究者の天才であり…)



アベルは更に同僚が次々と零していった言葉を思い出すも、現時点ではどれも当てはまらない。

汚部屋製造機と漂う薬品臭については違うなと心の中で断言してしまう。

三週間前の時点ではどちらも見事に当てはまるものであったのだが、アベルは知る由もない。


そして、常識外れや魔法植物溺愛者という言葉については、これからの話を聞いていくと真実かどうかが分かってくるだろうと判断する。



「あれ、時間はちゃんと伝えていただろう、一時に来るって」


「それが僕ったら、二時と聞き間違えてたみたいなんだよね」


「おいおい…」



カネルが軽く笑いながら溜息を吐く。

グレイは抱えていた資料をテーブルに置いて向かいのソファに座ると、ふとアベルに視線を向けた。




「君とは初めましてだねぇ、カネルの部下かい?」



アベルは肯定を含めて軽く会釈をする。

そしてグレイはきらりと眼鏡を光らせ、普段通りの笑顔で自己紹介を始めた。



「僕はグレイ・ケミスティア、魔法薬学研究者をやっている者だよ。グレイ博士でもケミスティア博士でも、自由に呼んでくれ…ところで君ぃ」



グレイはテーブル越しにずいとアベルに近付く。

突然至近距離となったことにアベルはつい目を見開いた。



「君は魔法植物が好きかい?」


「うげ…」



怪しい笑みを浮かべながらぎらりと瞳を輝かせ、容赦なく詰め寄ってくるのを避けようにも、ソファの背もたれのせいで少しだけ背を反らせるくらいしかできない。

此奴の距離感どうなってるんだと心の中で叫びながら、アベルはグレイが変人だと言われていることに納得する。


隣でカネルが呆れた様子で溜息を吐き、グレイの肩に手を置いて軽く制した。




「おーいグレイ、相変わらず僕の部下にその質問するけど、いい加減程度っていうものを覚えろっての」


「僕は純粋に気になるから質問しているだけだよ」




グレイは不貞腐れながら顔を引き、もたれながら両手を腰に当てる。

アベルは引き攣った表情のまま数秒固まるも、カネルの計らいにより距離が離れたことで、はっとして姿勢を正す。

これからの話でどのような相手なのか判断しようとしていたが、この時点で一気に変人へと天秤が傾いてしまった。




「まぁ、一応今日は例の研究についてまとめた事を話すのがメインだからね。君に質問するのはまた今度にするよ」



また質問するのかよ、とアベルは心の中でつっこみを入れる。




その直後、扉を軽く叩く音が三回響き渡った。

扉が開くと、珈琲カップとクッキーが盛り付けられた皿をのせたトレイを手に持ったシルクの姿が。



「…失礼します」


「あ、準備してくれてありがとうね」



グレイはシルクの方に振り向くと普段通りの笑顔で手を振り、カネルとアベルも視線を移す。

シルクは無表情のまま広間に足を踏み入れる。

それぞれの前に珈琲カップを置き、テーブルの中央に皿をのせた。


トレイを胸の前で抱えて軽くお辞儀をし、そのまま静かにシルクはその場を去ってしまった。




「…ここの新しい入居者か?」


「そうだよ、彼女はまぁ…人見知りな方なんだよね。彼女は今回の研究で沢山手助けしてくれたからさ、この後手が空いたら一緒に話を聞いてもらおうと思ってるんだけど…」



グレイは苦笑いしながら心の中で冷や汗を流す。

本来なら部屋に引き籠りたいと言っていたのを説得し、一緒に研究についての話を聞いてもらう予定なのだが、この様子だと難しいだろうか、と思い始める。




「へぇ…手詰まりだった研究が一気に進んだのは、彼女のお陰だと」



カネルが興味深そうにシルクが去っていった扉に視線を移す。


そこで、隣に座っているアベルが口を開いた。

何かを警戒するような、怪しむような視線をグレイに向けている。



「あの人、何者なんですか」


「何者って…彼女は魔法使いだよ」


「魔法使い…か」



カネルは首を傾げながら顎に手を添える。

二人は同様の事を考えているようだが、グレイはまさかと思いながら実際に冷や汗を流した。




「只者じゃない魔力の流れを感じるな」



やっぱり分かるよなー…とグレイは溜息を吐くことしか出来なかった。

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