54. 不安と興味
時は数時間前に遡る。
「博士の御友人が今日来るんですか?」
「そうそう、急遽昨日決まったんだよね。予定が合う日が今日しか無くてさぁ」
食卓にて、シルクとグレイは雑談を踏まえながら遅めの朝食を摂っていた。
シャロンとミュスカは研修後の休暇期間が終わり、魔法学校へと通学しているため現在は不在である。
シルクがアパートに引っ越してきてから、三週間が経過していた。
アパートでの新生活に慣れつつ、シルクはこれまで通りに裏魔法協会にて依頼をこなしながら日々を送っている。
依頼が無い日にはグレイの研究の手伝いをしたり、自室で薬液を調合したりと時間を潰していた。
そんな日々の中、突如決まった来客予定。
シルクはハムと卵のサンドイッチを手にしながら、困ったかのように眉を下げる。
一人でいる時やグレイ達の前では素顔を出したまま過ごせているが、基本的にシルクは狐面をつけていないと落ち着かない質である。
過去に素顔を覚えられて付き纏わられた経験があり、仕事時だけでなくプライベートでも素顔を隠して過ごすようになった。
その状態を何年、何十年…本人が年月を数えるのを諦める程の期間続けてきた。
当初はこのアパートに越してきてからも、素顔を隠しながら過ごす予定であった。
しかしグレイの若干の無理強いを含めた素直な言動や、シャロンとミュスカの純粋な関わりがあり、シルクの警戒心は解れてしまう。
その為、グレイ達の前では素顔で過ごすことが可能となったが、他人となると別である。
クイチェの街まで外出するにも、当初は狐面をつける予定であったが、逆に目立つだろうとグレイ達に却下された。
結局は街に外出する際も素顔で過ごしたのだが、今でも常に素顔を出して過ごすことの不安感は拭えていない。
「何時頃に来られるのでしょうか」
「確か電話では午後の二時とか言ってたような…それまでにまとめた書類を整理しておこうかな」
「分かりました、では私は暫く部屋で…」
「あ、出来ればシルクも一緒に話を聞いて欲しいなー…なんて」
グレイは苦笑いを浮かべる。
シルクが無言で「とても嫌だ」と言わんばかりの圧を含めた視線をグレイにぶつけているからだ。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、僕の頼りになる友人なんだから」
「それはそうなのですが…その方って確か、魔物討伐特攻隊に所属しているって言ってましたよね」
「うん、そこの隊長だよ」
シルクは眉間に皺を寄せて目を閉じる。
裏魔法協会の社長を務めているティピックからその存在を何度か聞いたことがあり、ティピック自身がよく関わっている組織でもある。
シルクが普段から依頼で引き受ける魔物討伐と同様レベルの内容を、魔物討伐特攻隊も引き受けているのだ。
特攻隊という名の通り、戦闘力に特化した集団である。
シルク自身は魔物討伐特攻隊とは実際に関わったことが無いのだが、以前ティピックと交わした言葉を思い出した。
――
―
『そういえば、以前ブラックリザードマンを討伐してもらっただろう』
『そうですね…どうかされました?』
『いやぁ実はね、その後処理を訳あって魔物討伐特攻隊に任せたんだけど、どうやらシルク君の事を更に注目視させるきっかけになってしまってね』
その時、シルクは頭を抱えたくなるような気持ちに襲われた。
基本的に素性を隠して仕事を進めているが、何でも屋として活動して長い。
仕事をしている以上、何かしらの噂や情報が出回ってしまうのは仕方が無い事であり、シルク自身もそこは理解していた。
しかし元々注目されることは基本好まない為、詮索されるようなことは絶対に避けたい。
その為ティピックには自分の事を聞かれてもはぐらかす様に、余計な情報を漏らさないように念を押している。
勿論ティピックはその約束を今でも守り通している。
何でも屋についての情報を求められたとしても、「何でも屋だから、何でもこなすのさ。只それだけのことだよ」と決まり文句で済ませてしまう。
それにも関わらず、今回ティピックは参ったと言わんばかりの表情で言葉を続けた。
『特攻隊の一人に観察眼が鋭い者がいてね…シルク君単独による討伐だという事を見抜かれたのさ。誰が討伐したのかを一切言っていないのにだよ?そして単独となれば例の何でも屋の可能性が高いんじゃないかって言われて…まぁ本人も疑わしそうな様子だったけどさ』
特定しておいて疑わしく感じるとはどういう事なんだ。
シルクはそう考えながらも、何故シルク単独によるものだと見抜かれたのかと疑問を浮かべる。
その様子を見抜いてか、ティピックは特定の要因を教えてくれた。
『シルク君、討伐の際に刀を扱っただろう』
『…はい』
『その特攻隊の一人が言ったんだよ。「どれも同一人物がやったとしか思えないような切り口だった。複数人で討伐するなら切り付け方にムラが出てくるし、そもそも全員が同じ武器で挑むとは思えない」ってね…まぁ安心してくれたまえ、いつもの決まり文句で強制的に終わらせたからさ』
『ありがとうございます…次からは銃も踏まえましょうか』
『うーん、それはそれで「どれも急所で仕留められている、只者では無い」って言われそうだねぇ』
シルクは解せぬと言わんばかりに眉をひそめた。
シルクの命中率の高さはティピック自身もよく知っている事であるが故の予測である。
―
――
(…何と言われようと、私は只の魔法使いだ)
そう自身に言い聞かせ、シルクは目の前のグレイに視線を戻す。
あくまでもティピックは魔物討伐特攻隊の”一人”と言ったのであり、”隊長”とは名言していない。
もしかしたら今回来る友人は、ティピックに問い詰めた人物では無いのかもしれない。
本来なら会うのは嫌だと宣言したくなるところだが、信頼できるグレイからの頼み。
そして相手はグレイが今回の研究を始めるきっかけとなった友人。
魔物討伐特攻隊の隊長という大きな存在ではあるが、グレイが唯一無二の友人だと言うほどの者だ。
純粋にどのような者なのか、シルクは気になってしまった。
「……分かりました。長時間でなければ大丈夫です」
「ありがとうシルク!」
朝食を食べ終わり、シルクとグレイはそれぞれ訪問時間になるまで各自準備を進めることにした。
グレイは研究資料をまとめる兼研究室の簡単な整理整頓(作業机の周りだけ)を。
シルクは訪問者用の飲み物とお茶請けの準備、そして玄関周りの清掃を。
結局は研究室の整理整頓をシルクが手伝う羽目になり、玄関周りの清掃は後回しになってしまう。
そして研究室の整理整頓を無事終わらせ、玄関で馴染みの藁の箒を使って掃き掃除をしていた。
そんな時に背後から気配を感じ取り、シルクは不意に驚いてしまう。
振り返ると、二人の男性がいた。
現在時刻は午後一時。
グレイからは午後二時と聞いていたはずだが、とシルクは表情には出さず心の中で困惑する。
訪問者について尋ねると、グレイの友人であることには間違いなかった。
もう一人はどうやら護衛として来ているようだ。
そして何より、どちらからも強い魔力の流れを感じ取られる。
魔物討伐特攻隊とは名ばかりではないな、と考えながらシルクは素直に二人を広間に案内した。




