52. 催促
「…また手紙ですか」
「そうそう、まただよ」
男は苦笑いしながら手紙が入れられた封筒を手に持っていた。
とある部屋にて、数名の男達がそれぞれ椅子に座り、各自の仕事を卓上で進めている。
大半が書類の整理といった雑務であるためか、ある者は眉間に指を押し付け、ある者は眠たそうに欠伸するのを堪えながら濃い色素の栄養剤を飲み、ある者は集中力が切れたのか向かいの壁をぼんやりと見つめている。
そんな中、受取人であるカネルは手元の封筒を開けて数枚の手紙を流し読みした。
「例の件の催促ですかー?最近多いですよねぇ」
栄養剤を飲み干した男は気怠げな表情で尋ねる。
睡眠を削っているのか、目の下には薄らと隈ができている。
「本来は隊長に対する要件では無いというのに、あの人は何を考えているんですか」
眉間を押さえていた男はイラついた様子で呟く。
この男の目の下にも隈ができている。
何なら室内にいるほとんどの者が睡眠不足状態である。
「うーん、可愛い後輩の悩みを放っておけなかったしなぁ…まさかここまでしつこく連絡が来るようになるとは思ってもいなかったよ」
「…今以上に介入するよう言われたら、仕事に支障が出ますよ絶対」
壁を見つめていた男はそう言いながら、凝った首元や肩周りを動かすと小さく音が鳴った。
現時点で睡眠を削ってまで仕事をしていると言うのに、更に仕事を増やされてしまえば溜まったものではない。
カネルは手紙を読み切ると、後回しとして乱雑に置かれている書類の上にぱさりと置いた。
「確かに、このまま平行線の状態が続けばなぁ…でも安心してくれ。確実に依頼解決に向けて進歩した事がある」
「…もしかして、例の変人さんですか?」
「隊長の友人っていう、あの…」
「皆凄い表情だな…彼奴に見せてやりたいよ」
男達は引きつった表情のまま、白衣に伊達眼鏡の変人研究者の姿を思い浮かべる。
「ピュアポトスから新鮮な酸素を大量に放出させる研究がどうやら上手くいったみたいでな。軽く結果を聞いたけど、長時間放出することも可能だってさ」
「本当にやったんですね…やはり天才という言葉は伊達では無いということですか」
「と言っても、まだ次の段階がありますよねぇ。酸素の次は高濃度な魔力と高品質な肥料ですっけ?」
「そうそう、肥料については調合次第でどうにかなるとして…問題は魔力なんだよなぁ」
カネルは軽く頬杖をつきながら、電話越しで友人が零していた言葉を思い出す。
『魔力についても難しい条件だよねぇ……協力してくれるかなぁ』
小さい呟き声であったが、思い当たる人物が存在するらしき言葉にカネルは興味を示していた。
単独行動を好み、ほんの限られた人間関係しか持たない友人にまさかそのような伝手があるとは、と考えながら軽く呼気を吐く。
「明日、まとめた研究内容について詳しく聞きに行こうと思っているんだ。良ければ誰か一緒に着いて来てもらおうと……すんごく嫌そうな顔するじゃないか皆」
カネルの部下である男達は皆怪訝な表情を浮かべていた。
決してカネルを信頼していないという訳では無く、純粋にカネルの友人の元へ向かうのが嫌なのだ。
「申し訳ありません隊長…流石にあの汚部屋製造機の元へ向かうのは、勇気がいると言いますか…」
「僕臭い人嫌だ」
「またあの人のマシンガントークを聞くのかと思うと頭痛が…」
カネルは各自の言い訳に苦笑いしか出来なかった。
皆事実を述べている為、連れて行くことは困難だろうと心の中で溜息をつく。
「この様子だと皆無理そうかー。そもそも体力的に既に限界だよな…となると、あとは…」
そんな中、部屋の扉が開く音が響いた。
「只今戻りました」
入ってきた背の高い男はカネルに挨拶する。
カネルはぱっと顔を上げ、入ってきた男の姿を確認すると、明るい表情を向けた。
「おかえりアベル、丁度良いタイミングで戻ってきてくれたな」
「…何かあったんですか」
アベルは目の下に隈をつけて一斉に振り向いた同僚達の様子に内心驚きながら、カネルに尋ねる。
ちなみに、アベルはカネルの友人については噂程度しか知らず、同僚達のように実際に面識は無い。
「明日出かけるんだけど、アベルにも着いてきてもらいたい。予定は入っていないか?」
「何も入ってません、大丈夫です」
良かった、とカネルは笑みを浮かべながら安堵した。
アベルは「頑張れよ」「骨は拾う」「無事戻ってきてくれ」という同僚達の言葉に疑問を抱くも、直ぐに書類整理に巻き込まれた事で考える余裕は無くなった。




