50. 新たな記憶、残る謎
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人が多く集まっている場所に、シルクは立っていた。
辺りの景色は所々ぼやけており、通り過ぎる人々の顔は霞んで誰が誰なのか不明だ。
分かることと言えば、周りの人々のほとんどが正装であることだ。
男性はしわひとつ無い張りのあるスーツを身にまといる。
そして女性は分厚い生地に長い袖、頭には細かな装飾品や、1つ大きな装飾品などを身につ付け、華やかな印象を与えている。
分厚い生地の衣服は上半身に纏われており、腹周りから下の下半身はさらりとした生地で、ズボンのようなスカートのような不思議な見た目をしている。
シルクは周りの女性が身にまとっている衣服が何なのかを知っていた。
上半身は振袖、下半身は袴と呼ばれている正装だ。
何故そのことを知っているのだろう、と戸惑いながら辺りをぐるりと見渡す。
「先輩、おめでとうございます!」
背後で明るい声が響き渡る。
振り返ると、シルクは目を大きく見開いて固まった。
正装とは違いカジュアルな服装の女性。
その手にはお祝い用の花束。シルクが突如脳裏に蘇った光景で見たものと同じ花束であった。
花束は正装を身にまとう女性に手渡される。
シルクはその女性にゆっくり視線を向ける。
その女性だけは顔が霞んでおらず、はっきりと素顔が顕になっていた。
化粧を施されているが、間違いない。
女性の顔は、シルクと同じものであった。
(まさか…過去の、私?)
シルクはゆっくりと近付く。
正装の女性は薄らと涙を浮かべながら柔らかく微笑んでいる。
「ありがとう…何だか長いようで短い4年間だったよ」
「先輩と会える機会が少なくなってしまうのが、何だか寂しいです…」
「あはは、4月から新社会人になるしねぇ…学祭がある日とかタイミングが合えば、また顔を出しに来るからさ」
正装の女性から発せられる声は、正にシルクの声そのものであった。
今のシルクとは違って抑揚があり、感情が含まれている声だ。
「“ーー”、卒業おめでとう。…本当、立派になったわね」
正装の女性に、1人の女性が近付く。
女性の顔は霞んで表情が分からないが、声色から涙ぐんでいる様子が伺える。
シルクは霞んだ顔の女性に視線を留め、眉をひそめて目を細めた。
顔は分からないが、何処かで聞いたことのある声。
何処で聞いたのだろうと思考を巡らせようにも、上手く考えがまとまらない。ふわふわとした感覚に襲われる。
「おーい“ーー”!こっちで写真撮ろう!」
「はーい!そんじゃ行ってくるね」
離れたところから声をかけられ、正装の女性は小走りで向かっていく。
シルクははっとして、追いかけようと後ろからついて行こうとした。
しかし足が思うように動かない。まるで足元に重りが付いているかのような感覚。そのせいか急に焦燥感がシルクの中で渦巻いていく。
待って、と手を伸ばそうにも、空を切るだけで終わってしまう。
正装の女性の姿は見えなくなり、それと同時に辺りの景色が歪んでいく。
歪んでいく景色の中、シルクは暗闇の中に飲み込まれるかのような目眩を覚え、そのまま意識を手放した。
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ゆっくりと目を開けると、目の前には天井。
身体を起こして暫く瞬きを繰り返し、視界が良好になっていく。
時刻は朝の4時。
朝と言うには早すぎる時間帯だ。
シルクは再び寝付くことはせず、ベッドから降りて軽くベッドメイキングを済ませる。
「……また、夢」
以前見た夢と同じように、出てきた人々の顔は霞んで見えた。
しかし唯一1人だけ霞まずにはっきりと見えた人物がいた。紛れも無いシルク自身の姿であった。
花屋で思い出した景色が、夢の中でより具体的な光景を映し出していた。
身支度を整えながらシルクは考える。
夢の中の出来事は、自分の過去に関する出来事なのではないかと。
つまり、眠ることで記憶の手がかりを掴むことができるのではないかと。
これまでは睡眠をほとんどとらずに過ごしていた。
体力の限界を迎えて気絶するように眠った時は、必ず深い眠りに浸ってしまう。その為このような夢を見ることは無かったのだ。
まさかこのような形で記憶を思い出すようになるとは、とシルクは複雑な気持ちになった。
自室で時間を潰し、6時になると自室を出て一階へと向かう。その途中でミュスカの姿を見かけた。
「おはようございますシルクさん、よく眠れました?」
「…はい、それなりには」
不思議な夢の事が頭の中に残り、すっきりと眠れたとは言い難い。幸い感情が表に出にくい為、普段通りの表情で答えた。
ミュスカは朝食の準備に取り掛かろうと食卓へと向かい、シルクも何か手伝おうと共について行く。
事前に準備を整えられていたこともあり、直ぐに暖かい野菜スープが出来上がって先に食べるよう促され、シルクは素直に食卓で一足先に朝食をとることにする。
半人分の朝食を済ませて「ご馳走様でした」と呟くと、目の前に四角い小包みを1つ置かれる。
「これ、簡単なものですけど、良ければ仕事の合間に食べてください。保存魔法をかけてますけど、一応本日中に食べるのをお勧めします」
「ありがとうございます」
中には小さく切られたサンドイッチが幾つか詰められている。
ミュスカの気遣いに感謝し、シルクは時計を確認して立ち上がった。
ポシェットに小包みを入れ、狐面を取り出して装着する。
「…では、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
行ってきますと言葉を交わして外に出るのはいつぶりだろうか。ふとそう考えながら玄関の扉を閉め、箒を取り出して跨り、そのままふわりと宙に浮かぶ。
徐々に速度を上げながら、セイボリーの魔法協会へと向かって行った。
途中で存在感を薄める薬品を吹き掛け、いつものように魔法協会の扉を開いては、静かに裏魔法協会の事務所へと繋がる扉へと入っていく。
扉を開き、ウィンの案内に従い足を進め、仕事机に並べられた様々な書類と睨んでいるティピックに声をかける。
依頼内容についての簡単な説明を聞き、依頼書を受け取り、目的地へと向かっていく。
これがいつも通りの流れだ。
「さて、今回はかのお偉いさんの不貞調査だ。色んな噂がある人だからねぇ、別の何かしらの情報を掴んじゃった場合も、そのまままとめておくれ」
「承知しました」
「シルク様、どうかお気をつけくださいね。変な事をされそうになった時は容赦なく行動しても怒られません」
「うーん、あまり表沙汰にはならない程度にね?」
「はい、勿論です」
真剣な顔で依頼書を仕舞い、シルクは扉へと向かう。
そしてパタンと扉が閉まると、事務所にティピックとウィンだけが残った。
「今回の調査は大丈夫なのでしょうか…相手は悪い噂ばかり蔓延るクソ野郎でございますし」
「シルク君なら大丈夫さ。いざと言う時の体術も身につけているし、魔法のぶつかり合いがあったとしても、圧倒的にシルク君が勝つだろう」
「…そうですね、シルク様はとてもお強いです。シルク様にかかれば相手はふるぼっこでございます!」
ティピックは苦笑いしながら仕事机に並べられている書類の一部を取り出す。
何枚もの書類が束になりまとめられた、とある報告書。
目を細めながら書類を1枚ずつ捲っていき、ぽつりと小さく呟いた。
「私なりに色々と調べてはいるんだけどねぇ…本当に謎が多いよ」
ーー異世界生物についての報告。
〇〇年~〇〇年の間、十数件の新種の生物が発見されている。
鳥類、昆虫、植物と多岐に渡るが、いずれにも高い魔力を秘めており、既存の生物と比べて異質な魔力であるという共通点がある。
異質さの観点から、この世とは異なる場から送られた生物として結論づけられた。
今後はこのような生物を“異世界生物”と称して進めていく。
現時点で、これに部類する人間の報告は見つかっていない。
更に年代、国の幅を広げて調査を進めることとする。
報告者:魔物専属部隊隊長 ゲーシェ・スペット




