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45. 妖精族

「何だか懐かしいねぇ。初めて出会った時の私はやんちゃしてたし、当時シルク君にぼこぼこにされたのも今では良い思い出だよ」


「…確かにあの頃のティピックさんは荒々しかったですね」


「是非ともその様子を見てみたかったです」



グレイ達が驚愕の表情を浮かべている中、ソファ席のティピック達は平然とした様子で話を進めていく。


もしや聞き間違いだったのでは、とシャロンが頭を軽く振ってからティピックに問いかける。




「随分と長い期間なんだな…えっと、さ、300…?」


「うん、今私は350歳だよ。で、シルクとは約250年の付き合い」


「お待たせしました、こちらサンドイッチセットでございます」


「はぁ、あ…ありがとうございます」



ティピックは落ち着いた様子でそう言い切り、ブレンド珈琲を静かに飲んだ。


聞き間違いでは無いことにミュスカはつい声を大きく上げそうになるも、店員が食事を運んできたことで制される。



その後次々と食事が運ばれ、頼んだメニューが全て揃ったところで、静かに笑顔で固まっていたグレイが口を開いた。




「…もしかして君達も時間が止まってたりする?」


「外れだねぇ。私達は妖精族だから、人間とは違って寿命が大幅に長いんだよ」


「妖精族って…あの妖精族か?」




シャロンはティピックの耳元に視線を移す。


妖精族にも様々な種類がある。

小人のような見た目であったり、いかにも妖精らしい手のひらサイズの者、そして人と同じ見た目の者も存在する。


どれにも共通しているのは、耳先が尖っている事だ。

しかし現在ティピックの耳は人間と同様に丸い耳である。




「今は変身薬を飲んでいるから人間と同じ見た目なんだよ。薬の効果が解ければ本来の姿に戻るのさ、まぁそんなに見た目は変わらないけどね」


「変身薬とはまた貴重な薬品だねぇ!」



身を乗り出しそうにするグレイをミュスカが肩に手を置いて制止する。その後ちらりとウィンに視線を移すと、視線に気付いたウィンはメープルシロップひたひたのパンケーキを一口飲み込んでから口を開いた。



「お気付きの通り、私も妖精族でございます。年齢は秘密ですが、私もシルク様とは長い付き合いなのですよ」


長い、という言葉を強調して誇らしげな表情を見せた。



この世には人間や妖精族以外にも、様々な種族が存在する。

獣の耳や尾、翼といった動物的特徴をもつ獣人族。

美しい背鰭や尾鰭、鱗を身に纏う人魚、半魚人。


比率で言えば人間が圧倒的に多く存在するのだが、中には変身薬を用いて身を潜めている者も少なからず存在している。


現在では減っているが、羽や鱗といった身体の一部を密売される時代があった。

密売から逃れる為に人間に成りすまし生活するという習慣が身に付き、その名残は今でも続いている。


あくまでも減っているだけであり、完全に無くなったとは言いきれないのが現状だ。




「人が集まりやすい場所では怪しい奴も紛れ込んだりしてるからねぇ。たまにいるんだよね、妖精族だ珍しいなって変な目で見てくる奴とかさ」


「全くです、変な輩につけられないよう気をつける必要があります」



ウィンは眉を下げながらパンケーキの上に付属の蜂蜜を最後の一滴までかけだした。

既にのっていた大量の生クリームやベリーソースの上に更にメープルシロップ、蜂蜜と暴力的な甘さに変化したパンケーキを目にしてシャロンとミュスカが引き攣った表情を浮かべた。




「なるほどねぇー、妖精族も色んな事情がある訳だ。流石にシルクみたいに仮面を付けたりはしないのか」


「シルク君も色々と特殊だからね、散々な目にあった分警戒心が強くなるのは仕方が無いことさ…それなのに今日は面を付けていないんだね」



シルクはサンドイッチを小さくくわえた所で固まり、そのままグレイにジト目を向けた。

ウィンがそれに気付き、ぎろりとグレイに睨みを向ける。



「まさか貴方、シルク様に何かしました?」


「仮面を外して過ごすように言っただけだよ?」



その瞬間ウィンは有り得ないと言わんばかりの表情を浮かべ、一層睨みが強くなる。

グレイは一瞬背筋に寒気を覚えるも、間違った事はしていないとでも言うように笑顔を浮かべた。



「ずっと素顔を隠して過ごすのは逆に怪しい印象を持たれてしまうだろう。それに折角整っているんだから、隠すのは勿体無いじゃないか」


「そんな貴方の勝手な意見にシルク様を振り回さないで下さいます?あとシルク様が美しいのは当たり前です。だからこそ隠して通すべきなのですよ、変な輩に目をつけられでもしたらどうするのですか!」



ウィンはシルクの腕に自らの腕を絡めながらグレイに威嚇する。

シルクは絡められていない方の手でサンドイッチを持ってゆっくりと咀嚼していた。相変わらずの無表情である。



「ウィン君はシルク君の事になるといつもこうなるから気にしないでいいよ。…それにしてもシルク君が素直に面を取るのに従うなんてねぇ」


「…博士は素直な方なので大丈夫だと判断しました」


「へぇ、私達ですら時間がかかったのに…何だか妬いちゃうじゃないか」



シルクの純粋な返答にティピックは静かに笑みを零す。



「私は妬く所では済まされません。シルク様のご尊顔を拝められるのは限られた者だけ、所謂特権でございましたのに!ほんっっの短い期間で拝められるなんて!」


「…俺達の場合は初対面から素顔だったけどな」



シャロンがつい零した言葉にウィンは絶句するような表情を向ける。

ティピックは吹き出しそうになるのを堪えて肩を若干震わせていた。

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