38. 街へ
「何だよグレイ、やけに懐かれてるじゃねぇか…まさか何か薬を飲ませたか?」
「人聞きの悪い予想を立てないでくれないかい!?」
「流石に先生でもそんな事しませんよ。兎に角、クイチェまでお願いします」
グレイ達は馬車に乗り込み、それぞれ座ったことを確認してから御者の男は馬車を発車させた。
普段ならシャロンとミュスカの2人か、グレイ1人、または3人揃ってで馬車に乗ることがほとんどであった為、新たに加わったシルクの事を御者の男は偶に珍しそうに視線を向ける。
「何だかいつもと違って新鮮だねぇ、アンタ等はどういう関係なんだい?」
「シルクは新しい入居者なんだよ、つい最近住み始めたばかりなのさ」
「あの住居にかい!?」
御者の男は前を向きながら驚いた表情をする。
始めにグレイに対して嫌そうな表情を見せたのも、これまでの住居の状態が原因なのだろうとシルクは考える。
そんな環境で過ごしていた頃のグレイ本人にも匂いが染みついていた為、これまで馬車を使用した時は御者の男にとってはたまらないものだったはずだ。
今は整理整頓された環境となっているが、それを知らない御者の男は改めてシルクにちらりと視線を向ける。
「お嬢さん…何があったかは知らねぇが、変な事されたら正直に助けを求めるんだぞ」
「僕の信用無さすぎじゃない!?」
「…大丈夫です、博士は悪い人ではありません」
普段よりも声は小さめだが、聞きとれる程の声量。
御者の男は数秒黙り、改めてグレイに問いかけた。
「…本当に何も飲ませてないんだよな?」
「そろそろ僕泣いて良いかい?」
「…これまでの行動を精々反省してください」
「流石にここまで言われても仕方がねえかな」
「2人まで酷いなぁ」
グレイはわざとらしく落ち込む素振りを見せるが、よくあることである為か気にしている様子はみられない。御者の男は軽く笑いながら言葉を続ける。
「はは、何もされてないなら良いんだよ。それにしてもこんな別嬪さんが入居するとはねぇ、羨ましいねぇ」
「シルクさんを変な目で見ないで下さい」
「そんなんだから振られるんだよおっさん」
「余計な事言うんじゃねぇよ!」
シルクは未だに固まった状態で馬車に揺られるままだ。
相変わらず緊張は続いているものの、出発前に比べれば比較的マシである。
暫くして、馬車は目的地へと到着する。
グレイが先に馬車から降りて料金を支払っている間にシャロンとミュスカも続いて降りていく。
最後にシルクが地面に着地し、顔を上げれば目の前で人々が多く行き来している光景につい息をのむ。
普段付けている狐面とフードが今は無い。
普段よりもやたらと視界が広く感じ、余計に緊張感が増してしまう。
「お待たせ…て、シルクったら固まっちゃってるけど、大丈夫かい?」
「…大丈夫です」
「流石に気分が悪くなったら言ってくださいね」
「それじゃあ早速店に向かおうぜ」
人通りが多い通路で離れ離れにならないよう固まって歩いて行く。
両脇には様々な店が揃えられており、新鮮な青果物、園芸用品、花、工芸品、衣類など多種多様だ。
シルクは周りをきょろきょろと見渡すことはあっても、特定の店に目を留めることはしなかった。
興味の物があればそこに視線を留めてもおかしくないのだが、現在のシルクは店の内容よりも周りの人の目を気にするのに必死な様に見える。
そんな様子を後ろから見ていたシャロンは本当に大丈夫なのかと心配を覚えながらも、同様に周りに視線を移してふと別の事を考えだす。
周りの人々はグレイとすれ違うも、特に気にすることなく通り過ぎていく。
それがシャロンにとってはある意味新鮮なものであった。
以前のグレイであれば薬品の匂いを漂わせていたため、自然と人々が遠ざかった状態になり変な空間が出来上がっていた。しかし匂いを漂わせなくなった今は誰も気に留めていない。
ミュスカも同様の事を考えているのか、いつもと比べて周りに視線を動かす頻度が多くなっている。
2人は改めて、グレイを説得し大掃除をさせたシルクに感謝の念を送った。
そのような念を送られているとは思っていないシルクは変わらず固まった表情で歩を進め、グレイに至っては変わらず平然とした様子で小さく鼻歌を呟いていた。
人とぶつかることなく進んで行き、様々な店が集結している商業施設に辿り着いた。
クイチェの街中でより大きく目立つ建物だ。
「さぁ到着!此処の二階に寝具が売られているフロアがあったはずだから、そこに向かおう」
「はい、直ぐに決めてしまいましょう」
「じっくり考えても良いんですよ?」
シルク達は目的のフロアへと向かうために再び歩を進めた。
その数秒後、偶然いた移動式の魔法植物店にグレイがふらふらと脱線し、ミュスカとシャロンが必死に腕や衣服を引いて止めた。




