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32. 人間らしさ

衝撃の事実に3人は黙る。

しかし沈黙がしばらく続く…という事は無く、グレイがけろっとした表情で言った。



「いいや、シルクはどう見ても人間だろう」



当然だとでも言うように宣言し、シルクは固まったまま動けなくなる。

シャロンとミュスカもポカンとした様子でグレイを見つめた。



「ただ時が止まっているだけであって、人間であることには変わらないだろう。…もしかして、化け物だとでも言われた事があって、それを無理矢理そうだと納得させようとしているのかい?」



シルクは無表情のまま視線を逸らしてしまう。図星であった。


年月が経っても変わることのない身体に桁違いな魔力量。

実際に化け物だと決めつけられたことがあり、それも要因として周りと関わりを持つことを恐れた時期があった。

結局そう言い放った者はとっくの昔の存在となっているのだが、シルクにとっては心に残る言葉であった。


当時は不快に感じていた言葉だが、自身の異常な特性を自覚している以上、否定することもできなかった。自分はその通り化け物になってしまったのではないか。そうしていつしか、仕方が無いと自分で無理矢理納得させてしまった。




「これからもずっと化け物として生きていくかどうかは自由だ。でも、そういった存在として生きていくのが辛いと思う部分があるなら、納得する必要は無いだろう。それに、シルクは十分人間らしさが備わっているじゃないか」


「…人間らしさ」


「そうそう、普段から無表情を貫いているように見えるけど、案外ふとした時に表情が現れてるよ。僕に対してゴミを見るような視線を向けた時は流石に傷付いちゃったけど…」


「それは自業自得だと思いますよ」



ミュスカがぽつりと呟いたことにグレイは引きつった表情をする。

そんな様子をスルーし、ミュスカもシルクに向き直って語りかける。同様にシャロンもシルクに視線を向き直した。




「シルクさんは人間らしい感情を持ってますよ。僕の作った料理を美味しいって言ってくれた時はやわらかい表情をしてましたし…それに、相手の事を尊重する姿勢もあるじゃないですか。お陰で先生の研究に対する姿勢が以前と比べて前向きになりましたしね」


「まぁあれか、単に普段から感情を表に出しにくいってだけだろ」



2人の言葉には変に気を遣うような感情が含まれていない。

シルクは両膝に置いていた拳を軽く握って視線を落とした。


胸の奥でほんのりと温かい熱が灯るような感覚を覚える。

同時に鼻の奥でツンとした感覚も覚えて瞳をほんの少しだけ歪ませるも、瞬きをすることで落ち着いた。



グレイはこほんと咳払いをして、再び普段通りの笑顔を向けながら言った。




「シルク、君は立派な人間さ」




シルクはゆっくりと顔を上げる。

視界にはグレイの笑顔、ミュスカの少し照れたような表情、シャロンの落ち着いた表情が映る。


シルク自身の中で、何かが解放されたような気がした。

それはまるで肩の荷が下りたような、無意識に張り詰めていた気持ちが和らいだような。





「……ありがとうございます」




真っ先に頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。


それから数秒沈黙が続き、シルクは目をぱちくりとさせる。

突然の感謝の言葉は間違ったのだろうかと若干不安に襲われそうになるも、グレイの発言は予想外のものであった。





「…会った時から思ってたけど、シルクにはやっぱり笑顔が似合うね。だから仮面なんて普段から付けるの止めなよ本当勿体ないよ?」


「え…嫌です」


「真顔で拒否しないでくれよ」


「ちょっと先生、シルクさんの笑顔が消えちゃったじゃないですか!」


「しかも段々早口になってなかったか…?」



狐面についての提案にシルクは驚くも直ぐに拒否する。

折角の笑顔が無表情に戻ってしまい、シャロンとミュスカは若干ジト目でグレイを睨み付けた。

それでもグレイは諦めたくないと言わんばかりに粘る。




「うぐ…シルクはどうしてそこまでして仮面に拘るんだい?もしかして僕が取るように言わなかったら今でもずっと仮面を付けてたり…?」


「そうですね、基本的につけていたかと」


「流石にそれはやりすぎじゃね…?ずっと付けててしんどくねぇのかよ」


「…仕事上、素顔を隠して過ごさないといけなくなりましたので。今では慣れました」




何でも屋、その名の通り様々な依頼を引き受けている立場。

シルクは当時の事を思い出しながら淡々と語る。




「一時期顔を覚えられて、しつこく付きまとわられたことがあるんです。似たような事が起こると困りますので、素顔は見られないようにしたんです」


「…それってストーカーってこと?」


「そうなりますね。理由は結局分からないまま終わったんですけど…依頼で関わる人達の中には不満を持つ人もいたでしょうし、恐らく逆恨みでしょうね」




ふうと溜息をつきながら珈琲カップを手に持とうとするも、中身が空であることを思い出し途中で止める。ミュスカが気付いて追加の珈琲を入れようとソファから立ち上がった。




「色々と大変な事があったんですね…あ、僕追加の珈琲持ってきます」


「ついでにお菓子持ってきてくれよ。棚にあっただろ」


「はいはい」




しばらくして、ミュスカが追加の珈琲とクッキーが並べられた皿を持ち運んでくる。

テーブルにのせてからミュスカははっとした様子でシルクに問いかけた。




「クッキーってもしかして負担になりません…?」


「…少しだけなら大丈夫かと」




シルクはいただきますと呟いてから1つクッキーを手に取り、さくりと音を立てながら小さめの一口を含む。その後ほんのりと柔らかい表情を浮かべながら咀嚼していた。





「やっぱりこの表情を普段から隠していると思うと勿体ないと思うんだよね」


「先生、話聞いてたか?」


「聞いてたよ、それでも流石に個人情報保護の手段が過剰過ぎる気がするんだよ…」




グレイは納得しないと言いたげな表情を浮かべながらクッキーを1つ手に取った。


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