30. 異常な体質
広間のテーブルを囲むようにソファに座る4人。
シルクは無表情の裏に不安を入り混じらせながら、グレイは怖いくらいににこにことした表情で、互いが向かい合うように座っている。
それぞれの隣ではシャロンとミュスカが緊張感を漂わせた空気に冷や汗を流している。
テーブルに置かれている珈琲の入ったカップから立ち上る湯気が静かにゆらゆらと揺れる。
貼り付けたような笑顔であったグレイが肩の力を抜きながらふうと溜息を吐いたことで、湯気は軌道を変えながら空中で消えた。笑顔から参ったというような表情に切り替わった。
「君に関して気になる事が沢山ありすぎて困っちゃうよ…流石に僕でも放っておけないような状態だなんて思ってもいなかったさ」
「研究一筋で生活習慣なんて二の次な先生が気にするくらいなんです、これは相当な大問題ですよ」
「そうだよ、先生より酷い状況を慣れたなんて言葉で片付けるのは無しだぞ」
「…2人ともさらっと僕のこと貶してない?」
ズレた伊達眼鏡を左手で直し、グレイはシルクの様子を伺う。
視線をそらさず真っ直ぐと射止められた黒い瞳は一瞬軽く揺れる。
「…自分自身のことを振り返るのはいつ振りでしょうか」
シルクはゆっくりと目を閉じ、ぼんやりとした記憶の中を1つ1つ辿る様に言葉を零した。
………
私は一般的な人達とは違って異常な体質があります。
まず皆さんが気になっているのは、空腹感が無い事と、睡眠をとりたいと思わない事ですね。
本当に言った通りの状態なんです。
普段からお腹は空きません。本来なら食べなければ生きていけないものなのですが、私は何も食べなくてもこうやって実際に生きて動いている状態です。
食事という行為を身体が必要としていないと言えば良いのでしょうか…
同様に、睡眠についても関心があまりありません。
流石に疲れたな、と思う時はあるので…そんな時に睡眠をとるくらいでしょうか。睡眠に関してはとらないと生きていけない体質なんでしょうね。
でもやっぱり、一般と比べれば睡眠時間は少ないかと。
長い時間睡眠をとらなくても、一応動けるには動けるんです。
…どれくらい睡眠をとらずに過ごせていたのかは、ごめんなさい。意識して計算したことがないので何とも言えません。
…これまで、色んな国を旅しながら生活してきました。
こんなことを言うのもおかしいと思われるかもしれませんが、私、旅をしている目的が分からないんです。
最初は何かしら目的があったんだと思います。
だけどいつからか目的を思い出せなくなっていました。
だからと言って旅を止めるにも、その後の生活をどうしようかという目的も掲げる気になれず、何となくで生きているような状態になってしまいました。
何でも屋として活動しだしたのもいつからだったか…随分と前からだったような。
色んな人達と関わっていけば何かしら思い出せると思って、始めたような気がするような。
…結局、色んな人達と関わったことで得られた結果は、辛い現実がほとんどでしたけどね。
異常な体質を気味悪がられたりもしました。
白い目で見られながら関わるのは…辛かったですね。仕事だからと何とか割り切ってやり過ごすのに精一杯でした。
…すみません、少し話が逸れてしまいましたね。
この体質については、生まれながらのものでは無かったはずなんです。
ある時から突然、食事と睡眠に対して関心が向かなくなったのかと。
…あやふやな言い方で変だと思いましたよね。
だけど本当に覚えていないんです、いつからこんな体質になってしまったのか。
何でも屋として活動するよりも、ずっと前から…だっだのか。
記憶にもやがかかっているような不思議な感覚です。
そんな状態のまま、今日まで過ごしてきました。
……
…
珈琲に映る自分の姿を眺め、一呼吸おいてからシルクは顔を上げた。
その場の静けさがやたらと長く感じてしまう。
グレイは真剣な表情で両膝に両肘をつき、手を組んで何か考えているような様子。
シャロンは静かに視線を落とし、どう言葉をかけようかと思い悩んでいた。
そんな中、ミュスカが軽く手を挙げて質問をする。
「1つ、質問があります。分からないならそう言っていただいて構いません。…シルクさんって食事と睡眠をとらなくても生きていける状態な訳ですけど、それは魔力には影響されないんですか」
本来魔力を持つ者は、普段の生活の質で魔力の回復量が変化してくる。
食事や睡眠によって体力が回復するように、魔力も同様に回復していく。
自身の持てる魔力量にも差があり、魔力保持量が多ければ多い程、回復するまでに時間はかかりやすい。
それにも関わらずシルクは明らかに魔力量が多い。
本来なら食事と睡眠が無ければ回復に時間が相当かかるはずだが、食事と睡眠を必要としない上に魔力を消費しても平然としている状態だ。
「魔力に関しても、よく分からなくて…すみません」
シルク本人も把握できておらず、困惑した表情を浮かべる。
記憶が曖昧で自分が何者なのか分からない状態に、強めに拳を握って顔を俯かせる。
「…まるで、時が止まっているようだね」
グレイがぽつりと呟いた。




