24. 衝撃
翌日の昼頃、太陽は雲に隠れて曇り空が広がっている。
そんな空を窓から眺めながら、ミュスカはソワソワとした様子でシルクの帰りを待っていた。そんな横でシャロンはテーブルに肘をついて大きく欠伸をする。
「いい加減落ち着けよ、見てて煩いぞ」
「何も声を出していないのに煩いとはどういう事ですか」
「動きが煩いんだよ。先生の言う通りなら昼には帰ってくるって言ってたろ、もうすぐだ」
グレイがシルクからの返信に気付いたのは早朝であり、スマートフォンの画面には『予定通り、昼には戻れそうです』とだけ書かれた文章が表示されていた。
実際に返信が届いたのは夜間の3時頃。グレイは相変わらず徹夜で過ごしていたのだが、夜間は研究に没頭していた為スマートフォンに手をつけていなかったのである。
グレイから返信について聞かされた後、ミュスカは研修後の残りの課題を直ぐに終わらせて昼食の準備に取り掛かった。
特に準備の最中からソワソワと落ち着かない動きをするようになり、遅めに起床したシャロンはそんなミュスカの様子を変なものを見るような目で見ていた。
そうして現在、昼食の準備は整いあとは盛り付けるだけという段階でシルクの帰りを待っている。
そして遂に、玄関の扉が開く音が響いた。
ミュスカは直ぐに椅子から立ち上がり、玄関へ向かおうと足を動かす。
部屋を出て玄関のある方向へと視線を向ければ、丁度扉を閉めている黒いローブの後ろ姿が。ミュスカは緊張した様子でそのまま近付き、声をかけようとする。
しかし声は出ずに固まることとなる。
振り向いた黒いローブ…シルクは狐面とスカーフで顔が全く分からない状態になっている。
後からやってきたシャロンはミュスカが固まっているのに驚くも、シルクの状態を確認してから納得する。そう言えばシルクの普段の格好については伝えていなかったな、と考えてはシャロンもシルクの方へと視線を向ける。
そこでシャロンも初見でなくとも固まってしまう。
狐面に赤黒い模様が増えているのである。不規則に飛び散ったものが付着したような不自然な模様。
よくよく見れば黒いローブも所々で変色している。
「…只今戻りました」
シルクは固まった2人に軽く会釈をして、そのまま二階へ向かおうと歩を進める。
突然の光景に理解が追いつかないミュスカの代わりに、シャロンがハッとして声をかけた。
「ち、丁度昼食が出来てるんだよ。一緒に食べねぇか?」
「…良いんですか?」
「あぁ、ミュスカが張り切って作ったんだぜ。今日のもそこまで重い内容にはしてないし、食べられると思うけど…」
「…では、10分程で下りてきます」
そう言ってシルクは階段を上って行った。
シャロンは未だに固まっているミュスカの肩を掴み、しっかりしろと言いながら揺さぶる。
そんな最中にグレイが階段を下りてやってくる。
「あれ、2人ともどうしたんだい?丁度さっきシルクとすれ違ったけど、挨拶はちゃんとした?」
「先生…やっぱり、さっきの人はシルクさんで間違いないんです…?」
「そうだよー。あはは、ミュスカもやっぱり驚いたよねぇ」
グレイはミュスカの引きつった表情を見ながらニヤリと笑う。今回の場合は初見に加えて少々血生臭い状態であった事に衝撃を受けているのだが。
「なぁ先生、シルクとすれ違った時に何も違和感を感じなかったのかよ」
「違和感?」
どうやらグレイは気付いていないようである。
一瞬のすれ違いであったため気付かなかったのは仕方が無いだろう。
グレイは少し考えてから、あぁと声を出す。
「去り際にちゃんと仮面は外すように言っておいたよ。シルクったら常に仮面を付けようとする癖があるみたいだから…せめてここにいる間は素顔でいるようにってね」
最後にバチッとウインクを決めてから、グレイは食卓のある部屋へと向かって行った。
2人はグレイの後ろ姿を見つめながら、そういう事では無いのだが、と内心で突っ込みを入れる。
しかしさり気なく狐面を取るように伝えてくれた事には感謝した。
流石にあの狐面を付けたままで共に食事をするのは2人にとっては過酷でしか無かった。




