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19. 謎

「ご馳走様でした」



スープ皿が空になり、シルクは両手を合わせながら呟く。

久しぶりに固形物を食したこともあり、途中から胃が受け付けなくなったらどうしようかと不安感もあったが、そのようなことは起こらずシルクは安堵の息を漏らす。それだけ食べやすく優しい味のスープだったのだ。

無事食べ終えたことに安堵しているのはグレイ達もであり、その後シルクが体調不良を訴えないかと内心ハラハラしていた。


せめて片付けは手伝わせてほしいと言うシルクの願いを汲み取り、今はシャロンと共にシンクで食器洗いをしている。



テーブルに肘をつきながらシルクとシャロンの後ろ姿を眺めているグレイに向かって、ミュスカは声のボリュームを抑えながら話しかけた。




「先生、シルクさんの素性については先生から詳しく聞いてないんですか?」


「そうだねぇ…最終的には只の魔法使いですってまとめられちゃうからねぇ」


「絶対只の、ではないでしょう」



ミュスカは改めて怪しむように眉間に皺を寄せる。

素直な態度、嘘をついているようには見えない言動から、当初よりは警戒心が薄れてきているのだが、流石に謎が多すぎる。


実を言うと、今回シルクを食事に誘ったのはミュスカの提案であった。

あまりにも謎が多いシルクの事を知るためにはこっそり様子を伺うだけではいけない、実際に接触して話をできる限り聞き出していこう、という考えで食事に誘ったのだ。


結果としては思ったように話を聞きだすことは出来ず、更に混乱を生むことになってしまったのだが。

まともな食事をしばらく摂っていない、何なら最後にいつ何を食べたのかすらも覚えていないという衝撃の事実を目の当たりにして、話を聞きだす予定が狂ってしまった。


徹底的な行動力と体力、只ならぬ魔力量。それらを十分に発揮するためには身体の調子が整っていることが必須条件だ。その為にも食事、栄養摂取は生きる上でも欠かせない行為。

それなのに、シルクはまともに栄養を取らずに体力と魔力を消費していたことになる。これでは身体が追い付かず悲鳴を上げてもおかしくはないはずだ。



「食事自体が苦手…という点は無いねぇ。実際少しだけ表情が穏やかになってたし、美味しいって呟いてたのも本音だろう」



ミュスカはシルクが美味しいと呟いた時のことを思い出し、一瞬心の中がむず痒くなる。

表情についてもグレイに賛同し、淡々と無表情で話す時に比べて食事中の時は口角が少し上がっていたようだった。


考えれば考える程疑問が浮かび、ミュスカは片手で頭を軽くかきながらシルクの後ろ姿を眺める。

シルクは背後からの視線を浴びながらも食器洗いを進めていく。隣でシャロンが泡の残っている皿を手に持ち、そのまま洗い流そうと腕を伸ばした。


その直後、泡と水で滑りやすくなっていた皿がシャロンの手から不意にするりと落下する。

しかし皿は割れること無く、大きく音が立つことも無かった。


皿はシンク内に落ちる前に空中で止まり、そのままふわりと浮かんでは水が流れる蛇口に誘導されて泡は洗い流される。シルクが指先を軽く一振りすれば、皿は再び宙に浮いて水きりラックに収まった。



「これで最後ですね」


「さんきゅ、助かった」



ほんの一瞬の出来事に対しても瞬時に魔法を発動させることにシャロンは内心驚きつつ感謝を述べる。

そして皿洗いが終わったと振り向けばグレイとミュスカがじーっと凝視していることに対して再び驚きそうになるのを飲み込んだ。



「見過ぎだろオマエら…」


「いやぁ、2人が並んでいると身長差がおぶぉ」



グレイの顔面に丸めた布巾が直撃する。

こめかみに血管を浮き立たせたシャロンが手に持っていた布巾をぶつけたのである。身長について触れられることはシャロンにとって禁句だ。


ミュスカは呆れながら溜息をつくが、シルクは話を聞き取れていなかった為か何故布巾をぶつけているのか分からずキョトンとする。



「ごめんごめん、冗談だよ」


「先生…例え事実でも言わなくていいこともあるんですよ」


「ミュスカぶっ飛ばすぞおい」



シャロンは握り拳にした右手を震わせながらミュスカに向かって強い睨みを向ける。

グレイはへらりと笑いながら床に落ちた布巾を拾い上げ、固まっているシルクに声をかけた。



「驚かせてごめんねぇ、僕達いつもこんな感じなんだよね」


「いえ…お構いなく。私はそろそろ失礼します、お食事ありがとうございました」



シルクは軽く会釈してその場から離れようとする。

するとミュスカとシャロンは直ぐにシルクの方へ振り向いた。



「あ…あの!」


「…はい、何でしょう」


「…もし体調が悪くなったら、言ってくださいね」



無表情のまま軽く首を傾げるシルクに対し、ミュスカは何と言葉をかけようか一瞬躊躇う。

結局は体調を気にかける言葉しか出てこず、シルクは「お気遣いありがとうございます」と返答しそのまま部屋を出てしまった。


シルクについては普段から食事を摂れていなかった事しか判明せず、他に詳しく知りたい事は不明のまま終わってしまう。



「また時間がある時に、お茶にでも誘おうじゃないか。その時にゆっくり話す時間を設ければ良いさ」


「そう呑気に言われましても…」


「そもそもあの様子だと、話を聞いてもはぐらかされそうだけどな」



様々な謎を残したまま、3人はシルクが出ていった後の扉を見つめた。

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