18. まともな食事
シルクは各自で食事が開始されるのを確認してから、「いただきます」と呟いてスプーンを手に持つ。
クリームスープはさらりとしていて、よく煮込まれた野菜はスプーンの背で押せば潰れる程柔らかい。スプーン一杯の半分の量を掬い取り、息を軽く吹きかけてから口に含んだ。
濃厚過ぎず優しい口当たりのスープをシルクの身体は受け入れられたようだ。
「…美味しい」
つい言葉を漏らしてしまい、シルクはハッとする。
ミュスカの耳にはしっかり届いたようで、ぱちくりと瞬きをすればみるみるうちに嬉しそうに笑みを零す。
「良かったー!あまりにもゆっくり口に運ぶものだから苦手なものがあるのかと思いましたけど、お口に合ったようで安心しました」
「ミュスカったら褒められて凄く嬉しそうじゃないか」
グレイは揶揄うような笑みを浮かべながらスープを一口食べる。
シャロンは早食い気質なのかスープ皿の中身はどんどん少なくなっていき、パンがのっていた皿は既に空だ。
「ミュスカはこの家での料理担当だしな」
「シャロンも一応そうでしょう、以前は交代制でやっていたのに最近は僕にばっかり押し付けるじゃないですか」
「俺よりミュスカが作ったやつの方が美味いんだよ。別に良いだろ、料理が好きなら尚更」
「偶には手伝ってくださいよ全く…シルクさんは料理ってします?」
二口目を食べ終えたところで話を振られ、シルクはゆっくり咀嚼し飲み込んでから口を開いた。
「料理はしばらくやっていないので、何とも…」
ここでシルクはとある違和感を感じていた。
料理を目の前にした時や口に運んだ時に一瞬、胸の奥でうずうずと落ち着かないような、気持ちが高まるような感覚を覚える。
もしかしたら自分は料理が好きだったのだろうか。
ぼんやりとした記憶のまま過ごしていく日々を続けていたためか、今回のように料理のことを考える機会はほとんど無かった気がする。
仕事の依頼で食材になるものを調達する機会はあったが、具体的に料理に関わることは無かった。
未だにはっきりと思い出せないことに対して、シルクはいつ振りかモヤモヤすることになった。
「…随分と考え込んでいるようだね、食事のペースが落ちてきてる気がする」
「いや、最初から遅いような気もするけど…」
「もしかして何処か体調が悪いんですか?」
グレイ達は半分以上食べているのに対し、シルクは未だに少ししか食べられていない。
シルクはハッとして、決して体調不良ではないことを説明しようと口を開いた。
「何処も悪くなってないです。ただ、こういったまともな食事自体が久しぶりなので、ゆっくり食べないと後々がしんどいかなって…」
その瞬間、その場の空気がピシッと固まったように3人が動かなくなる。
「…シルクさん、最後に食事を摂ったのはいつになります?」
「え…っと……」
シルクは記憶をたどる様に視線を斜め上に向ける。
そして自信無く下を向いて呟いた。
「…すみません、よく覚えていなくて」
流石にグレイも予想外だったのか、普段のヘラヘラとした笑みが消えて真顔になる。
そのままミュスカ、シャロンと顔を見合わせる。2人は引きつった表情をしている。
シルクの申し訳なさそうな、深刻な表情からは嘘を言っているようには見えないのだ。
実際、シルクは長い期間まともに食事を摂っていなかったのである。
ハーブティーや珈琲といった飲料を除き、固形物としての食事を摂るという行為を最後にしたのはいつだったのか、はっきりとした記憶が思い出せずにいた。
そもそも、空腹という概念が失われていたと言うべきか。
シルクは視線を下に向けたまま焦り出す。
(しまった…これじゃあまた、いつものように――)
そんな時、ミュスカがポツリと呟いた。
「取り敢えずスープはもう少し薄めた方が良いでしょうか、味は濃くありませんでしたか?」
「…え、いや…大丈夫です」
「パンは食べられそうか?無理そうなら俺が食べるけど」
「単にシャロンが食べたいだけでしょう。サラダは生野菜だから胃に負担がかかるかもしれません、下げておきましょうか?」
「…はい、お願いします」
ミュスカがサラダの入ったボウルを下げ、パンはシャロンの手に渡ったことでシルクの前にはスープ皿だけが残された。
食べ始めた時よりは冷めているが、更に一口運んでもほんのりと温かさが残っているように感じられた。




