死神にプロポーズ
学校帰り、誰かにつけられている。
そんな気がして振り向くと、背の高い、若い男が真琴の後ろにいた。
「私に何か用ですか?」
勇気を出して聞いた。
男は「君は私のことが見えるのですか?」
「君は元気そうだけど、大丈夫ですか?」
真琴は笑った。
「何?新しいナンパ?」「そんなことしなくても大丈夫。お兄さんなら彼女できるよ、じゃあね」
真琴はそのまま帰っていった。
男は少し立ち止まり、すぐに天界へ帰った。
この男、名前は「テラ」天界の使いだ。
テラは、天界の奥の部屋の、鍵のかかった、分厚い扉を開けた。
そこには、人が一生を終える没年月日と、その者の名前を記した「天国への名簿」がある。
テラの仕事は、死が近づいた人に寄り添い、天国に案内をする。
いわば死神だ。
死神といえば、怖く聞こえるかもしれないが、そうではない。
人が、この世に残した時間に寄り添い、迷わないように案内をする。
怒ることも、泣くことも、笑うこともない。静かに微笑むだけ。常に心乱してはいけない。
旅立つ者が怖がらず、安心できるように寄り添う。
それが、死神の使命だ。
真琴の担当になったのが、テラだった。
テラは真琴が元気そうに見えた。そして真琴本人も自覚はない。
だが、真琴には、テラのことが見える。
「間違い?そんなことあるのか?」
テラは名簿を見た。
やはり、間違いではなかった。そこに真琴の名前はあった。
やはり、真琴の死は近づいていた。
なぜなんだ?テラは天界の王に相談をした。
「本人がまだ気づいて無いのじゃよ。早く気づかせなくては、死期が早まる…」
王は残念そうに言った。
テラは急いで真琴の元に戻った。
学校帰りの真琴に、静かに怖がらせないように優しく話した。
真琴は全く信じなかった。
真琴は口調を強めて、「これ以上付きまとったらストーカーだからね。警察を呼ぶからね」
テラは優しく「はい、誰に言ってもいいですよ。でも、私のことが見えるのは君だけですよ」と言った。
テラは真琴の案内人なので、たとえ他に死が
近づいている人がいたとしても、テラが見えるのは真琴だけだった。
真琴は立ち止まり、急に大きな声で、「どなたかすみません。この人が、ずーっとつけてくるんです」
でも、周りの人は不思議そうな顔で真琴を見て通り過ぎるだけだった。
一人のおばあさんが、真琴の傍にきて、「つけられてたの?怖かったわね、もう大丈夫よ誰もいないわ」
おばあさんの前には、テラがいた。
真琴は、ショックだった。何も聞こえなくなった。何も見えなかった。
家まで帰った記憶がなかった。
家には、真琴一人。
真琴は部屋に入ると、テラにクッションをぶつけた。枕もぬいぐるみも、手当たり次第ぶつけた。
そして声をあげて泣いた。
「どうして?どうしてよ…」
「私、今とても元気だよ…全然疲れていないし、今からフルマラソンだって走れる…」
テラは、黙って真琴の傍にいた。
真琴も黙ってしまった。
まだ、信じたわけではない。
身体中が、空っぽになったようだった。
「真琴、帰っているの?」母親の呼ぶ声がした。
テラは「お母さんに話してください。私も傍にいますから、少しでも早く病院に行くのですよ」
真琴は「もう遅いよ。私、あなたが見える…」
「病院へ、行ってからですよ」
テラは、真琴の肩にそっと手をおいた。
真琴がリビングに行くと、母親はすぐに真琴の異変に気がついた。「真琴、どうしたの?何があったの?」
真琴はふるえながら話した。話は途切れ途切れになり、途中で泣き出した。
母親は、突然のことにパニックだった。だが真琴に悟られないように「真琴にはその人が見えるのね。そして、その人が早く病院に行くように言っているのね。真琴、明日病院に行こう。お母さんも信じて無いけど、健康診断だと思えば、ねっ…」
次の日、真琴は母親に付き添われて病院へ行った。
テラは検査のときも、医者の説明のときも、どんなときも真琴の傍を離れなかった。
結果はテラの言う通りだった。
病院の帰り、タクシーの窓から見える景色は、真琴の目には何も映らなかった。
部屋に戻ると真琴は「ありがとう。あなたの言う通りだった」そう言ってうつむいた。
テラが「私のことは『テラ』でいいですよ。『元気を出して』と、言われても無理だと思います。ですが、これからです。今から治療が始まるのですよ」
「えっ、でもテラは私を迎えにきたんでしょ?だったら決まってるよね」
真琴の、ちょっとだけ元気な声にテラは嬉しかった。
「わからないですよ。私もたくさんの方をお迎えに行きましたが、ストーカー扱いされて、警察を呼ぶ!なんて言われたのは、初めてです」
テラは微笑んで言った。
真琴が申しわけなさそうな顔をして少し笑った。
その後、真琴の治療が始まった。
学校に行くのは、しばらくは無理と医者からも、両親からも言われた。
真琴が、両親に「今テストだから、一日だけでいいから学校に行かせて。友達に会いたい。そしてテストも頑張る。一日だけでいいから」医者も、両親も絶対無理をしない条件で許した。
真琴はテラに「私、明日一日だけ学校に行くの」
テラは「お供しますよ」と微笑んだ。
真琴は「テラ、解らないところは教えてくれる?最後のテストだもん、いい点取りたいから」
「何を弱気なことを言っているのですか、私が傍にいます」
テラの言葉に真琴は、「そうだよね、テラは神様だよね」と、笑って見せた。
自分の命の期日を知りながらも、今を笑って見せる真琴に、テラは言葉なく微笑むだけだった。
テスト当日、テラは教室の中をうろうろしていた。
真琴が「わからない」と書くと、テラは他の生徒の答えを見てきて教えた。
家に帰ると、部屋で二人で笑った。
「こんなに堂々とカンニングするなんて、ドキドキしたけど、楽しかった」
そして真琴は、ふざけたように、でも真剣に「テラ、私が死んだら、私と結婚してくれる?私、テラと一緒だったら怖くない」
テラは真剣に「いけません。冗談でも言ってはいけません。生きることを考えてください」
テラはこのとき自分の使命を忘れていた。
真琴の病気を治してやりたい。
そう願うようになっていた。
手術の日、真琴はテラに「テラ、怖いよ、テラ傍にいてくれる?」
テラは大きく頷いて、「大丈夫ですよ。ずっと傍にいますよ」
テラはずっと傍にいた。
真琴が目を覚ましたとき、寂しく無いように、ずっと傍にいた。
手術は無事終わり、目を覚ました真琴を見て、ほっとしたテラだった。
だが、真琴の命の時間は、ほんの少し伸びただけだった。
このとき、テラは決めていた。
すぐに天界に戻った。
そして、真琴の命を助けてやって欲しいと王に頭を下げた。
王は言った、「テラ、お前は自分の言っていることがわかっているのか?」
「はい、わかっています。どんなに無理を言っているのか。でも、王なら何かご存知ではないかと、お願いしています」
王は静かに、テラに話し始めた「テラよ、お前はあの娘をそれほどまでに…」
テラは黙ったままで、頭を下げたままだった。
「一つだけ方法はある」
王の言葉に、テラは「それは何でしょう?教えてください」
「テラよ、お前は風の使いじゃった。死神はお前のように、風の使い、雲の使い、雨の使い、大勢の者の中から、選ばれし者が死神になれる。死神となって、人に寄り添えるのは、ほんのひと握りじゃ。覚えておるか?」
「はい…」テラは小さく答えた。
テラもわかっていた。
死神がどれほど名誉なことか。
テラも死神になるまで、いくつもの試練を乗り越え、最後に最大の死神試験を受け、やっと死神になれたのだ。
死神にどれほど憧れて、どれほど苦労してなれたか、テラ自身わかっている。
だが、テラには迷いはなかった。
最後に王は言った、「テラよ、使命を果たせなかった者は、二度とその姿には戻れぬ」
テラは、王に深々とお辞儀をし、真琴のもとへ行った。
真琴は不安そうな顔で、今にも泣き出しそうに「テラ、どこに行ってたの?ずっと私の傍にいてくれるって、言ったのに…」
テラは、静かに「やはり、私が見えるのですね…」
真琴は、真剣に、真っ直ぐテラの目を見て言った。
「テラ、テラが傍にいてくれるなら、私、テラと一緒に行く」
テラは真琴の言葉に、胸が締め付けられるようだった。
今、自分が真琴にできることは…。
「真琴さん、私は人間ではありません。今は仮の姿です」
真琴は「いいよ。テラが何者でも関係ないよ、テラがいい」「それと、私のことは真琴でいいよ」
…「真琴、私の元の姿は風の使いです。私たち死神は、風の使い、雲の使い、雨の使いなど、もとの姿はそれぞれです。
その中から、選ばれた者が死神になれます。
だが、使命を果たせなかった者は、その姿はなくなり、二度と元には戻れません」
言い終えたテラの顔に、後悔はなかった。
そして、真琴に言った。
「真琴、生きるのですよ」
真琴は涙が流れ落ちた。「テラ…私テラと一緒に行く、テラ…」
「真琴、私はもとの風の使いに戻るだけです。
それに、数多い死神の中でも、プロポーズを受けた死神は私だけです。風の使いに戻っても、私の自慢です」そう言ってテラは微笑んだ。
「テラ…」真琴は涙が止まらなかった。
テラは真琴のベッドの傍に行き「真琴、私は風の使いに戻って、真琴に会いにきます」そう言って、テラは真琴の頬に優しく触れて帰って行った。
一ヶ月後、真琴は担当医が驚くほどの回復力で退院の日を迎えた。
退院の日、真琴は病院の玄関で一人、母親の車を待っていた。
そのとき、急に風が吹いて真琴を包み込んだ。風は真琴の頬を優しく撫でて通り抜けた。
風が「真琴」と呼んだのが聞こえた。
「テラ、テラだよね」
「テラ、ありがとう」
真琴は風にテラを感じた。