1日目 電磁波攻撃は修行すれば防げるけどアルミハットを被る方が確実
世界は8月31日に滅ぶらしい。
昨日の晩にやっていた「恐怖体験! アンビバブル!」なる番組がそう言っていたのだ、間違いない。
間違いなくあって欲しいと心底思った。
どうせ世界は終わらない。ノストラダムスの大予言とかいろんな滅亡論をこれまで聞いてきたが、そのどれもが的中することなく今の今まで人類は生きながらえている。
心霊もufoもumaも神も悪魔も存在しない。そういうのは突き詰めていくと政治や商業みたいな人為的でつまらない理由が裏にある。それに気付いた時、まるで屋台のくじ引きみたいだな、なんて皮肉なことを思ってしまった。
つまらない通学路を辿り、先生のつまらない話を聞き流して、つまらない補修を受ける。そこに非現実的な事柄でも起これば、なんて妄想に胸を膨らませられるほどもう幼くもなくなってしまった。
気づけば夕暮れ時に差し掛かり、白い廊下は赤く染っている。
こうしてまた、何もせずに1日が終わる。
その事実に胸が締め付けられる。まるで悪事でも働いたかのような罪悪感が心を埋め尽くす。
「そんなに俯いて歩くもんじゃないぞ」
顔を上げると、そこには生徒指導の喜村が居た。
「放課後はもっと明るい顔をするもんだぞ」
この人には社会科の授業を担当してもらっているが、このうるさくて明るすぎる感じがどうも苦手だ。
「はは、そうですね」
僕の全身全霊を注いだスルースキルによってそれを回避する。
悟られない程度に歩調を早くし、一刻も早くこの場から去る最善手。必要のない角を勢いよく曲がり死角に入る!
何とかやり過ごせた、そう思った瞬間だった。
「「あっ」」
人とぶつかる寸前でどうにか踏みとどまる、逃げることに必死で前を見れて居なかった。
相手の女の子はバランスを崩して倒れそうだったのをギリギリ踏みとどまるが、手に持っていた紙を数枚落としてしまっている。
「ごめんなさい」
自分の不注意で人に迷惑をかけてしまった……。
罪悪感のせいで相手と目を合わせたくなかったのもあって、勢いよく紙を拾い集める。
「あっ、あっ」
動揺する声が聞こえる。これも自分のせいだ、嫌になってく…
『衝撃! 8月31日世界滅亡の原因はディープステートによる電磁波洗脳! それを乗り越えるためにはアルミハットを被るしかない! 電磁波から身を守るアルミハット一枚2980円! これは安い!』
「「…………」」
えらく長い沈黙だった。
というか、さっきまでのちょっとエモいというか感傷的だった僕の気分を返して欲しい。
何これ、え、陰謀論? 昨日のアンビバブルに影響されたのならなんて馬鹿なんだこいつ……!
恐る恐る顔を上げる。
「これは、その……」
まさかのクラスメイトだった。
正直僕はクラスで浮いているし、全員の名前なんて覚えていない。でもこいつは知っている。
千寿 晴。噂によると模試で県内10位以内に入りながら「家から近いし」なんていう理由でこの平々凡々とした西が丘高校に入った変人らしい。
「わ、私は今電磁波攻撃を受けていて、こうする……しか……なかっ……」
どんどん声が尻すぼみになっていく。いや、そこまで言ったなら恥ずかしがらないでくれ、反応に困るんだよ!
「でもそんな恥ずかしがる姿もいいな♡」なんて思ってしまわせるこいつの可愛さに腹たつ! 面がいい! 顔ちっさ! 目でっか! 顔真っ赤でそそられる! おっぱいでっか! おっぱいでっか!
「へ、へぇ〜」
今一瞬脳内で「へへへ、これをバラされたくなかったら俺の言う事を素直に聞くんだなニチャア」って言おうか真剣に議論してしまったのは墓まで持っていくと決意した。最近エロ漫画を読みすぎたかもしれない。
「あ、あなたも電磁波攻撃から身を守るためにアルミハット一枚どうですか!?」
めっちゃ目泳いでる! てか、こいつ開き直ってやがる! もうちょっと平静を装えよ!
「いや、僕そういうの信じないんで……」
「あっ」
「あはは……」
気まずい! え、何これ。僕がアルミハット買えばいいの!? 買ったらこの状況どうにかなる!? でも高けぇ! 2980円は高けぇ!
「き、恐怖体験アンビバブル面白かったよね……」
「いや、私ミーハーでやってる訳じゃ無いから」
こいつムズ! 僕が折角助け舟出したのに撃沈してきたんだけど!? 長州藩!? てかさっきまでの恥じらいどこいった!?
「そ、そうなんだ……」
「831はもう数年前から囁かれてきたのにテレビで特集された途端に我が物顔で昨日聞いた知識をひけらかす人嫌いなのよね、でも私はそういうのじゃないから。今回はマジの本気だから、ディープステートがいよいよ世界中の実権を掌握して、各地の電波塔から6G電波を飛ばして脳の回路を焼き切る作戦が実行されてしまうわ。これによってディープステイトに選ばれた優秀な人間以外抹殺されて、彼らの理想郷が完成する。けどそんな選民思想は間違ってる。私だってそれを止められるなら止めたい。でもわかってる、こんなことを言ってもみんな信じないなんて。だから私はここでアルミハットを被って生き延びられる同士だけを信じるわ。生き残った同志と共にレジスタンスを結成するの!」
僕が間違っていた、こいつは並の陰謀論者じゃねぇ。やばい方の陰謀論者だ。
「ちょっと待ってね」
彼女はそう言って自分の鞄の中から何かを探す。でも、それもこれもさっきの熱弁に頭がパンクしかけていて、なんか色々どうでも良くなってきた。まぁ、いいか。こいつに迷惑かけたとか、もうどうでもいい。
とりあえず、千寿を刺激しないようにここからさも空気かのように帰ろう、関わりたくない。いくら僕が性に飢えていてもこれは要らない、いくらおっぱいが大きくても、いくら艶があって綺麗な黒髪からいい匂いがしても、いくら童顔が僕好みでも、いくらおっぱいが大きくても、流石にNGだ。
「あった!」
彼女はドラえもんみたいな感じで鞄からアルミハットを取り出した。
「はい」
「はい?」
アルミハットを手渡される。
「?」
「?」
目を合わせる。不思議そうな目で見られる。なんか恥ずかしい。てか丸顔が可愛い、なんでそんなぱっちりお目目ついてて陰謀論に傾倒したのか問いただしたい。ちゃんと現実見てくれたら文句ないのにな。
「………………何?」
「え? 被ってよ」
「やだよ!」
「いや、そういうわけにもいかないんだって! それ被ってくれないとディープステートに思考盗聴されて作戦がばれちゃう!」
「そんなわけねぇだろ! 陰謀論勝手に信じるのはいいけど僕に押し付けんな!」
アルミハットを千寿に返すと、千寿は無理矢理僕に被せようとしてくる。
「お願い、まだ猶予はあるから! 思考盗聴はチャイムのなる時間と同時に来るの! まだ間に合うの!」
「それ絶対お前の考えたルールだろ!? てかお前被ってないじゃん!」
「私は髪の毛の中に隠してあるの! ほら!」
腰まで伸びた黒髪を持ち上げると、本当に銀色の髪飾りみたいなのがある。しかし明らかに後頭部しか守られていない。それに比べて今僕が押し付けられているものはおよそ普通の帽子にアルミホイルを巻きつけた隠す気のないコテコテなアルミハットだ。
「お前セコ! そんなちっせぇので守れるわけないだろ!」
「私は昔から電磁波耐性訓練を受けてきたからこれでいいの!」
「自分ルールすぎない!?」
「とにかく被って!」
「嫌だって!」
彼女の勢いに負けて廊下に押し倒される。側から見たら逆レイプされているような構図。こんな状況でもなければ喜べ…
微かに、鼻の先に柔らかい感触。
僕に覆い被さってアルミハットを被せようとする千寿の大きい胸が、目と鼻の先にある。
思わず鼻から酸素を勢いよく取り込んでしまった。甘い花の香りが鼻腔を包む。
もっと呼吸してみる。
あぁ、いい! なんていい状況なんだ!
次は視覚に集中しろ! 目の前にある双丘のサイズを見極めろ! こんな至近距離で拝める機会なんてもう二度とない!
微かにシャツから透ける白いブラ! それを差し引いたサイズを見極めるんだ!
いつの間にか「アルミハットを被らない」という目的から「いかに長い間この体勢を維持できるか」に目的がシフトする。
あぁ、眼福! 眼福!
「オラァ!!」
その瞬間、額が幸せに包まれる。
「あっ!!」
力が抜けた隙にアルミハットが、ついに僕の頭に覆い被さってしまう。
それを見て満足気に微笑む千寿。
こいつは何がしたいんだ……。まぁいい、素晴らしい体験させていただいたし、帽子なんて脱げばい
『ギシッ』
頭皮に違和感。まるで髪を引っ張ったかのような痛み。
『ギシッ、ギシッ』
帽子をどれだけ引っ張っても取れない、てか痛い。
「……お前、これに何した」
「ごめんね、でも仕方ないの。そうでもしないと消されちゃうから……」
彼女はポケットから瞬間接着剤を取り出して見せつけてきた。
「お前ふざけんなよ!? 僕の髪の毛どうしてくれんだ!? 丸坊主かアルミハットと心中ってどんな二択だよ!」
「話を聞いて!?」
「聞くか! 世界が滅亡する前に僕の毛髪を滅亡させるとは恐れ入ったぜ、覚悟しろよ、代償は高くつくからな!」
本当にどうしよう、結構ガッツリ頭皮までくっついてるんだけど……。
「安心して! 瞬間接着剤は大抵お湯で洗えば取れるから!」
「学校のどこにお湯があんだよ! もしかして職員室に『アルミハットを取るためにお湯ください』なんて言いに行くつもりか!? そんなことしたら僕が明日から頭のおかしくなったやつとして扱われるだろうが!」
「あと除光液でも取れるから!」
「そんなもん持ってるわけねぇだろ!」
「私が持ってるから!」
「持ってんのかよ、てかそれを先に言え!」
いつもの教室。もう辺は暗くなってしまって薄気味悪さを感じる頃。
僕はなぜか、クラスメイトの女子にアルミハットを脱がせてもらうという謎のプレイをしていた。
椅子に座った僕の後ろで黙々と千寿は髪にへばり付いた瞬間接着剤を丁寧に除光液で落としている。
その作業中、幾度となく後頭部に柔軟性を帯びた重量物が触れているのもあってとても変な気分になる、本当に珍妙な性癖が芽生えそうで仕方がない。
というかこの状況は一体なんなんだ。
そもそも、僕の知っている千寿 晴という人物はこんなではない。普段は側から見てもお淑やかという言葉が似合うような美人、非の打ち所がないような秀才、それこそ嫉妬心すら抱くような存在だった。
正直、同じ教室にいるのに自分とは住む世界が違うとさえ感じていた。
それなのに
「だからね、フリーメイソンっていうのは紀元前から世界の実験を握っていたの。実際に世界中からオーパーツ見たいな代物が出土するのはフリーメイソンが当時の人類を遥かに凌駕した文明をもった集団で、人類の進化を監視していたの。でも話が変わったのは1900年代、フリーメイソンに所属していたアインシュタインを筆頭とした数人がマンハッタン計画に参加して遂にフリーメイソンの持つ科学力と同等、もしくはそれ以上の兵器を作り出してしまってから世界を力で支配していたフリーメイソンの権力が揺らぎ始めたの。それらを巻き起こしたのがDSよ」
と、作業をしながら延々と根拠もない妄想を聞かされているせいでエロい状況なはずなのに全然そんな気が起こらない。というかこいつさっきから無防備すぎるだろ、どんな教育受けたらこうなるんだ。思想も何もかも歪みすぎだろ。
「千寿って、お硬い奴だと思ってたけど案外面白いんだな」
「面白いって、私これでも真面目にあなたを救おうとしてるのに」
不服で遺憾で残念だけれど、この珍妙な状況を少し楽しいと思った。
数日もすれば思い出すこともない1日から、絶対に忘れない1日になった。その達成感のような奇妙な感情が、先ほどまでの陰鬱とした気分を吹き飛ばしてくれた。
「…………今日はごめん」
今までの奇人っぷりが嘘のように、突然しんみりとした声音。
「陰謀論者らしく話通じてないじゃん。面白かったって、だから気にすんなよ」
会話が止まるとやけに教室は静かで、後ろから僅かに聞こえる鼻水を啜る音が静かに響く。
「取れたよ」
頭を触ると除光液でキシキシになってこそいるがちゃんと髪の毛が生存していた。
僕は髪の毛のダメージとか気にしないタイプなのでまぁよし。
「帰るか」
「うん」
この状況で目を合わせるのも恥ずかしいのでそそくさ荷物をまとめて教室を出ようとすると、ぐっと袖を掴まれる。
「私、霊感あるんだよね……。今霊に囲まれてて動けない」
こいつ! 僕の優しさに涙したとかじゃなくて夜の学校怖くて泣いてやがる! 返せ! ちょっといい事しちゃったかなとか思った僕の心を返せ! てか陰謀論の次は霊能力者かよ! どんだけオカルト好きなんだよ!?
「ふーん、じゃあな」
掴まれた袖を振り解いて走る。
「ちょっと待って! 本当にダメなの! 置いてかないで!」
振り切ろうと思ったが、普段から運動してないせいで全然逃げきれない。というか、これでは一緒に走る仲良しみたいになってる。
昇降口まで走っただけだがもうしんどい、二度と走らん。
「ねぇ、なんでそんな酷いことするの!?」
「アルミハットを頭に接着したお前には言われたくねぇ!」
定期的に上げていこうと思いますのでよろしくお願いします