第8章:静寂の地図、動き出す核
◆ 院政の闇
秋風が吹き抜ける御所の中庭。
表向きは平穏を保つ京の中心だが、その実、
陰陽寮の一角では密やかな詔が交わされていた。
「安倍晴義。今や斬魔師の名の下に、民の支持を集めすぎている。
このままでは、政が揺らぐ」
そう語るのは、右大臣藤原 景雅。
彼の背後には、いつの間にか白い仮面の男――「オミクロン」の姿があった。
「晴義を斬れ。
奴を“裏切り者”に仕立て上げよ。
……瘴魔に魂を売った斬魔師として」
「まさか、本当に公に“罪”を?」
「都を救った英雄? 笑わせる。
この都を支配するのは、“恐れ”と“秩序”だ」
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◆ 雪麻呂の異変
その頃、安倍晴義は密かにコーヴィ堂の本拠を探っていた。
鍵となるのは、過去に斬魔師の手によって封印された地――“無疫の地”。
京から遥か西、かつて病を完全に断った“空白の地”。
それは、「清められた」とされていたが、真実は――
「“完全に病を封じ込めた地”ではない。
そこに、“病を集約して封じた地”だった」
晴義が辿った古文書の記述によれば、
その地に集められた瘴気の一部が変異し、
やがて“コーヴィ堂”という存在へと繋がっていった。
「つまり、敵の根は、京の外ではなく――我らの手によって作られた」
その時だった。
背後で、静かに倒れる音がした。
「……雪麻呂?」
部屋の隅で倒れていた雪麻呂は、身体を震わせていた。
その肌には、黒い瘴紋が浮かび、
喉からは抑えきれない咳が溢れている。
「……せ、んせい……夢の中で……仮面が、ぼくに話しかけるんです……」
「どんな内容だ?」
「“もう、君の心は十分に成熟した”って……
“君が動けば、都も、斬魔師も終わる”って……」
その瞬間、部屋の空気が急激に冷えた。
雪麻呂の左目が――仮面の模様に染まっていた。
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◆ 選択と決断
晴義はすぐさま雪麻呂に封術を施し、意識を保たせた。
核の発動は未遂に抑えたが、次に抑え切れなければ、
彼は間違いなく「敵」として覚醒する。
「……核の活性化が始まっている。
オミクロンか……あるいは“核”自体が雪麻呂の意志を壊しにかかっている」
「先生……ぼくが暴れたら、ちゃんと“斬って”くださいね」
「……それをさせないために、俺はここにいる」
その言葉を口にしながらも、晴義の中には重い覚悟が芽生えていた。
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◆ 追われる者となる
翌日、突如として朝廷からの勅令が下る。
「斬魔師・安倍晴義。
宮廷内での不正な禁術使用、および瘴魔との癒着の疑いにより、捕縛と尋問を命ず」
「……来たか」
晴義は、斬魔師としての立場を正式に剥奪された。
屋敷は包囲され、同僚たちの中にも、彼を疑う者が出始める。
「敵は、外ではなく内にいる」
その言葉が、現実となった。
晴義は、雪麻呂とともに、
わずかな協力者たちと連絡を取りつつ、都を脱出する。
目的はただひとつ――
“無疫の地”へ向かう。
コーヴィ堂の根源を、斬るために。
その旅路は、晴義にとって
医でも、斬魔でもなく、人としての最後の戦いとなる。