第7章:変異の鬼、デルタ来襲
深夜の京。
空が裂けるような稲妻が走り、土砂降りの雨が都を洗っていた。
しかし、その雨は――浄めるものではなかった。
白い水面に、黒い斑点のように、瘴気の泡が浮かび始める。
それは、やがて音を立てて膨らみ、地を這うように広がった。
そして、現れた。
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◆ 「デルタ」登場
その影は、四肢を持ちながら人の形をしていない。
節くれだった骨、外殻のような皮膚、そして背中に生えた変異した骨刃。
目はない。代わりに、顔の中心に一つ、赤く光る“瘴核”が脈動している。
瘴魔・デルタ――
変異体の中でも、進化と淘汰を司る存在。
戦闘によって学び、破壊によって適応する。
その姿を見ただけで、京の民は膝をつき、咳を漏らし、意識を手放した。
「……始まったか」
安倍晴義は、刃を手に立ち上がる。
背後には、核を抱えながらも立ち上がった雪麻呂の姿。
「晴義さま……」
「来るな。これは、おれ一人でやる。
お前の“核”が目覚めれば、敵は二人になる」
「……でも、先生だって、“進化”しないと、やられる」
その言葉を残し、雪麻呂は震える手で護符を渡した。
「これは、夕帆さんが遺したものです。
“変わらずに立ち向かう者へ”って、言ってました」
晴義はそれを受け取り、静かにうなずいた。
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◆ 京・大路での激突
雨の中、大路の中央にて、
斬魔師と変異の鬼が対峙する。
「……お前が“デルタ”か」
デルタは言葉を発さない。
しかし、瘴核から放たれる“意志”が脳裏に直接響く。
【情報確認:斬魔師 安倍晴義】
【戦闘記録:SARS撃破/アルファ遭遇】
【適応モード 起動】
「……情報を吸い取って、進化するのか……!」
デルタが動いた。
その動きは、既に人の領域を超えていた。
跳躍し、斬魔の刃をかわし、即座にカウンターを叩き込む。
だが、それすらも――
晴義には、既に読めていた。
「……残念だな。“初見”で勝てると思ったか」
刃が横薙ぎに走り、デルタの外殻を裂く。
しかし――傷口は、即座に再生した。
【被弾確認:部位硬度再構成】
【反撃プログラム展開】
デルタの身体が変化する。
両腕が巨大化し、骨刃が剣のように伸び、晴義の攻撃パターンを模倣してきた。
「……完全に“学習”している……ッ!」
斬魔の戦法が、そのまま敵の“武器”になっていく。
まるで自分自身と戦っているかのような錯覚。
だが、そのとき――
懐から落ちた“夕帆の護符”が、雨に濡れ、淡く光った。
「“変異”することが生き残る術なら、
“変わらない”ことが、人である理由――」
晴義はその言葉を思い出す。
「……進化はしない。だが、“意志”は変わらない」
彼は、自らの動きを“型”から解いた。
斬魔流の基本を捨て、自身の“直感”と“感覚”にすべてを委ねる。
刃は流れるように、風のように。
そして――
デルタの“瘴核”に突き刺さった。
一瞬、瘴気が爆ぜるように拡散し、空が赤く染まる。
しかし、デルタは倒れず、晴義を見下ろすように立っていた。
「……やはり、一撃では仕留められぬか」
だが、その刹那――デルタの瘴核にひびが入る。
【損傷率:68%】
【変異停止……保留】
【一時撤退判断】
デルタの身体が霧のように崩れ、瘴気の渦とともに消失する。
戦いは――膠着に終わった。
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◆ 戦後、再び静けさの戻った京
焼け落ちた屋根、倒れた橋、倒れる人々。
だが、そのすべての中で、ひとつだけ――
晴義の刃は、変わらず握られていた。
雪麻呂が駆け寄る。
「先生……勝ったのですか?」
「いや。勝っていない。
……だが、“変わらなかった”ことで、あいつは退いた」
そして彼は空を見上げる。
雨は止み、月が姿を見せていた。
「次は……奴らの“本陣”に切り込む。
“コーヴィ堂”――その本拠を暴く」