第4章:身近なる“核”
都の朝は、静かに明けた。
疫魔との戦いを経た晴義は、かつてないほど張り詰めた日々を過ごしていた。
――あの仮面の男、「アルファ」。
「この都には、既に我らが“核”を宿した者がいる。
その者は、貴様のすぐそばにいるぞ」
その言葉が、晴義の心に刺さり続けていた。
◆ 登場人物:白川 雪麻呂
安倍晴義の診療を手伝う若き助手。
貴族の家系でありながら、己の意思で民の治療に加わる知識人。
晴義を深く尊敬し、忠実に仕えている。
この日も雪麻呂は、病人たちの記録を丹念に書き写していた。
彼の筆は鋭く、思考は早い。そして――
時おり、妙な“沈黙”を挟むようになった。
「……雪麻呂、おまえ。最近、咳をしていないか?」
晴義の問いに、彼はわずかに目を伏せた。
「いえ、大丈夫です。少し疲れが溜まっているだけです」
だが、晴義の診察の眼はごまかせない。
肌に浮かぶ淡い痣。
ほんのわずかな体温の乱れ。
そして何より――彼の“呼吸”が、異様に浅い。
(まさか……いや、そんなはずは……)
彼を信じたいという気持ちと、
“核”を見逃すことはできないという責任。
その夜、晴義は密かに雪麻呂の部屋を訪れた。
彼が眠る枕元には、奇妙な仮面が置かれていた。
白地に、わずかに割れ目の入った仮面。
それは――**アルファと同じ“型”**だった。
「……なぜ、これを……雪麻呂……」
その瞬間、雪麻呂の身体が痙攣した。
「っ……う、あ……晴義さま、ぼく……ッ!」
彼の瞳が開かれた時――
そこに宿っていたのは、“雪麻呂”ではなかった。
「やはり、お前だったか。斬魔師・安倍晴義」
低く、別人の声。
それはまさに、“アルファ”のそれだった。
アルファは、雪麻呂に直接憑依していたのではない。
核として、意識の奥底に巣食っていた。
「私を“斬れなかった”過去――それが核を呼び寄せたのだよ、晴義。
お前の“後悔”が、彼を通して実体となる」
雪麻呂の身体は一瞬だけアルファの姿に変じ、再び人の姿へと戻る。
「雪麻呂……お前の意志は……残っているのか?」
小さなうなずき。
「……はい……でも、身体の中に“何か”がいます。
夢に出てくるんです。白い仮面が……ぼくの手を取るんです……」
晴義は、彼に刃を向けることができなかった。
――まだ“完全な発症”ではない。
核を宿してはいるが、発現していない。
だが、いつかそれは暴発する。発症すれば、もう戻れない。
(ならば、私はその前に――)
晴義は雪麻呂の手を取り、静かに告げた。
「……おまえを斬るその時が来るまで、私はおまえを“診つづける”」