Chapter8:理想彼氏育成
「先生、この数字の羅列…人間が見るためのものですか?」
「その通り。これは君の戦闘力を示している。
もし君が冒険者なら、この数字は身分証明コードとして冒険者ギルドに登録され、雇用者の参考資料になるんだ」
「師匠、人に見せるものなのに、どうして弱点まで含まれてるんですか?弱点って隠すべきものじゃないんですか?」
パチン!
修道女が指を鳴らした。
「そこが肝心な点だ。ここに記載されている弱点は客観的な弱点ではなく、君が自ら晒している、いやむしろ積極的に設計した弱点と言える」
「設計した弱点?弱点を設計するなんて…?」
楓奈が首を傾げる一方、隣にいた星動は何かを悟った様子だった。
「先生、自ら設計した弱点が多ければ多いほど、その人物の実力が高いということでしょうか?」
「その通り。星動は賢いね、物事の本質を掴むのが早い」
楓奈は唇を噛みしめ、星動を一瞥した。
「『桶理論』というものがある。桶の容量は最も短い板の長さで決まるというものだ」
「でも師匠、その理論に従えば弱点が少ないほど強いはずじゃないんですか?」
「焦るな。話はまだ終わっていない。この弱点設計という概念は、まさに『桶理論』へのアンチテーゼなのだ」
星動が楓奈に向けて説明を加えた。
「簡単に言えば、わざと短い板を増やしながらバケツ自体を巨大化させるようなものだ。そうすれば総容量は増大する」
「わかってるよ!余計なこと言わないで!」
星動が凍りつく。
楓奈は顔を背けた。
修道女は眉をひそめた。
「楓奈、言葉が過ぎる。星動に謝りなさい」
楓奈は振り返り、立ち上がると無表情で星動に向き直った。
「ごめんなさい、星動君。そんな言い方、するべきじゃなかった」
「気にしないで」
星動が修道女を見ると、彼女はチョークで黒板に機械時計を描いていた。
描かれた時計の針が実際に動き始める。
修道女は時刻を確認すると宣言した。
「そろそろ時間だ。一旦昼食にしよう」
楓奈は地下室の扉に向かい、星動を一瞥することもなかった。
「師匠、一緒に来てください。両親がご一緒にと言ってました」
「わかった」
扉が閉まり、地下室に残された星動は椅子に座ったまま入口を見つめ、思考にふけっているようだった。
…
昼食後、30分の休憩時間が残されていた。
楓奈は書斎で物語本を手にしていたが、全く内容が頭に入らない。
食後、修道女が改守と一葉を呼び出し「二人だけで話がしたい」と言った光景が脳裏をよぎっていた。
嫌な記憶が蘇る。
「またこういうの…いじめられてた時もそうだった」
考えれば考えるほど煩わしくなり、本をバタンと机に叩きつけると、窓辺に寄りかかって外の景色を眺めた。
陽は輝き、紅葉が炎のように燃えていた。
行き交う町民の賑わいが聞こえてくる。
平和で美しい光景なのに、彼女の胸のざわめきは収まらない。
視線は中央の大楓樹の下へ向かった。
星動の姿はなかった。
彼を思い出すと腹が立ち、左手を握りしめて窓ガラスを叩いた。
「十歳のくせに、あんなに大人びて!」
窓枠に寄りかかった勢いで、ガラスが揺れ動く。
次の瞬間、体勢が崩れたことに楓奈は気づいた。
「まずい…!」
外開きの窓が勢いよく開き、彼女の身体が階下へと投げ出された。
あまりに突然で反応できず、思わず目を閉じる。
衝撃は、なかなか来なかった。
恐る恐る目を開けると、目の前に笑顔があった。
「星動…」
二人は空中に浮かんでいる。
案の定、星動が彼女を救っていた。
星動は彼女を書斎に戻すと、窓をしっかり閉めて鍵をかけた。
「危ないよ。窓に寄りかからないで。鍵もちゃんと閉めるんだ。風で開いちゃうから」
「うん…」
星動は振り返り、楓奈の隣に座った。二人は机の端に並んで腰を下ろしている。
「助けてくれて…ありがとう」
「どういたしまして。でも本当に危なかったよ。君を探しに来てなかったら…」
「うん…」
沈黙が流れた。どれほど経っただろうか。楓奈が深く息を吸った。
「星動、もう一つ謝りたいことが…」
「その前に、僕から謝らせてくれないか?」
「え?」
「午前中の授業で、君の気持ちを考えられなかった。ごめんなさい」
星動は楓奈の赤い瞳をまっすぐ見つめて言った。
「いえ、そんな…」
「聞いてほしい。僕は間違いに気づいた。誰にだって自尊心がある。理解のスピードも人それぞれなのに、僕は先生の話を少し早く理解できたくらいで、君の前で得意げに解説していた」
「で、でしゃばり…だったの?」
「ああ。説明のふりをして、君が自分で考える時間を奪っていた。まるで…いじめのような空気を作り出していたかもしれない。
君は誰にも相談できず、『神経質すぎる』と思われていたかもしれない。だから先に謝るんだ」
楓奈は黙って聞き終えると、口元に微かな笑みを浮かべた。
「どうしていじめられたこと知ってるの?」
「え?」
今度は星動が呆然とした。
「知、知らないよ」
「はあ…別に隠すことじゃないわ。転生前、ライトノベルばかり読んで勉強せず、超底辺高校に入ったの。入学初日に女子がいじめられてるのを見て、先生を呼んだら、翌日に助けた子に売られて、私がいじめの標的にされたの」
「そんなことが…」
「大丈夫。もう過去の話だし、転生したんだから戻る気もないし」
楓奈は背伸びをした。
「でもさ、やっぱり謝るよ。あんな風に怒鳴ってごめん」
「受け入れるよ」
「え?」
「楓奈が真剣に謝ってくれたのなら、その気持ちをちゃんと受け止めたいと思って」
楓奈の頬がわずかに赤らんだ。小声で呟く。
「たかが十歳のくせに…」
「何て?」
「なんでもない!」
楓奈はひらりと床に降り、振り返って星動に笑いかけた。
「決めたわ。あなたに10点あげる」
「???」
星動が首をかしげる中、彼女の後に続いて床に降りた。
「10点?態度点か?」
「そう思ってればいいわ!」
「満点ってこと?」
「満点?うーん、どうかしら…」
「はぐらかすなよ…って、もう時間だ!急いで地下室へ!」
星動が階段へ駆け出す。後ろで彼の背中を見つめる楓奈は、顎に手を当てながら、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。わざと悪役のような表情を作りながら。
(転生前に書きかけだった『理想彼氏育成』小説…異世界で続きを"綴る"チャンス到来ね!
さあ、楽しみにしててね、星動君!)
そう心の中で呟くと、ほんのり赤らんだ頬を押さえながら、彼の後を追いかけた。
…
北方氷山王国は、聖大陸最北端に位置する人間の国家である。
聖大陸全体は九つの地域に分かれている。
北、南、西、東、北東、南東、北西、南西、そして中部だ。
北部地域はさらに南北二つに分かれる。
北部地域の北半分は、大陸全体の「生命の禁断区域」であり、世界一寒い地として知られる「水晶氷山」である。
伝説によれば、氷山の底には初代魔王が封印されており、氷山の表面には生物の活動はほとんど見られない。
しかし、氷山のどこかには全身が水晶で構成された水晶族が住んでいるとされ、魔王を封印した聖王の命を受け、封印された初代魔王の監視役を担っているという。
そして北部地域の南半分こそが、北方氷山王国である。
王国の首都「雪の都」は大陸最北の都市であり、その首都にある王宮「守雪宮」は、最も高い場所の積雪が数億年にわたって解けたことがないと言われている。
寒冷な気候と雪氷の影響を受け、北方氷山王国の人々は静けさを好み、普段の行動や会話も言葉少なめで、穏やかで静かなものが多い。
しかし今、その守雪宮の静けさが破られようとしていた。
「誰か来てーっ! 早く来てください、痴漢が!」
王宮の護衛戦士と護衛魔法使い(ごえいまほうつかい)が事件現場である王宮の裏庭に駆けつけると、そこには顔を覆って泣く王宮の侍女一人と、顔を真っ赤にした王宮の従僕一人だけがいた。
二人は同年代で、とても若く、二十歳前後に見える。
今年に入って宮廷に採用されたばかりの者たちだろう。
「何事だ?」
白髪に白い大ひげを蓄えた老紳士が、青と白が交じった長いローブをまとって、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「国王陛下」
その場にいた者たちは一斉に礼を取った。
彼こそが北方氷山王国の国王——雪帝真澄であった。
「国王陛下! どうか私に、お裁きを!」
国王を見た侍女は、いっそう激しく泣きじゃくった。
「何があったのだ? 落ち着いて話せ」
「は、はい…わ、私めはさきほど、姫君にお茶を届けようと、この裏庭を通りかかったのです。
すると、この従僕が何の用もなくふざけていたかと思うと、わ、私が油断したすきに…私のお尻を触り、私の貞操を汚し、私の魔力力場に自分の色を残してしまったのです!
どうかお裁きを、国王陛下!」
一同はその言葉を聞くと、魔力の目を開き、侍女を見た。
魔力の目には、侍女の全身を覆う紫色のエネルギーが映し出される。そのエネルギーは侍女の第一次性徴、つまり下半身の部位から湧き出し、全身へと流れ、最終的に第二次性徴である胸の部位へと戻り、一つの循環を完成させていた。
これが魔力力場である。
『魔力』は、聖大陸を構成する基本粒子だ。
あらゆる生命は、生まれ落ちた時から魔力力場を持つ。
その色は生命ごとに異なるが、いずれも単一色である。
生命同士が親密な行為を交わした時のみ、双方の魔力力場は融合し、互いの色で汚染し合う。
ゆえに聖大陸では、不貞は非常に見つかりやすい。
相手の魔力力場に他者の色が付着していないかを見れば済むからだ。
性的嫌がらせも同様である。
魔力力場はあらゆる身体接触を等しく記録する。相手が異性であれ同性であれ、人間であれ他の生物であれ、身体接触があれば、それぞれの魔力力場に色が残る。
色の濃淡は、接触した身体部位がどれほど秘所に近いかによって決まる。
魔力力場の流れが第一次性徴を起点とし、第二次性徴を終点とする体外エネルギー循環であるため、より私密な部位への接触ほど、より濃い色が残る。
そして濃い色ほど、薄れにくいのだ。
一同の魔力の目には、侍女の魔力力場の臀部の位置に、手のひらほどの大きさの緑色の痕跡が、かすかに浮かんでいるのが見て取れた。
色が薄いとはいえ、これが消えるには何十年もかかる。
ましてやこの位置は臀部、第一次性徴の部位に非常に近い。
聖大陸において、あらゆる身体接触は、慎重に考えた上での行為が求められるのだ。
一同は次に魔力の目を従僕に向けた。
彼の魔力力場が確かに緑色であることが確認された。
「捕らえよ!」
「冤罪です、国王陛下!私は無実です!」
従僕は顔面蒼白になり、その場にひざまずいた。
「彼女が私の手を掴んで、無理やり自分のお尻に押し当てたんです!」