Chapter 7:魔法とは認識をねじ曲げる術
ふうっ
修道女の右手のひらに、赤い炎の塊が立ち昇った。
「星動、赤に対しての印象は何か?」
「灼熱、情熱、危険…です」
「よろしい」
修道女の左手のひらに、今度は青い水の球が浮かんだ。
「楓奈、青に対する印象は?」
「冷静、清涼、広大…かな」
「悪くない」
修道女は炎と水球を消し、チョークで黒板に二人の答えを書き込んだ。
「よし、楓奈。教えておくれ、なぜ星動は赤にそのような印象を抱くのか?」
「えっと…炎と血のせい?」
「その通り。炎は高い温度を表す。情熱は感情の高ぶりで、血が上り顔が赤くなることもある。これらが『灼熱』と『情熱』の印象を構成する。
『危険』は、血が赤く、我々は血痕を見ると危険を感じるためだろう。
さて、ここで星動に尋ねる。
冒険者ギルドで、真紅のマントを羽織った魔法使いを見かけたとする。
君の第一印象、彼女は何属性の魔法使いだと考えるか?」
「火属性の魔法使いです、先生」
「その通り。冒険者ギルドにおいて、外見が主に赤い魔法使いの、95%以上が火属性の魔法使いだ。
これは大多数の人間の第一印象に合致するからなのだ」
楓奈が手を挙げた。
「楓奈」
「先生、あたし、これが魔法とどう関係あるのかわかんない」
「それは『認知』に関わる問題だ」
「認知…?」
「そうだ。なぜなら魔法とは、認識をねじ曲げる術だからなのだ」
(魔法とは認識をねじ曲げる術…確かにその通りだ)
「ちょうどその部分をこれから説明しよう。
第一条:
認知」
修道女は振り返り、赤と白のチョークでそれぞれ異なるマークを描いた。
「教えておくれ、どちらのマークが『禁止』を表すか」
二人とも赤いマークを指さした。
「星動、なぜ赤いマークなのか?」
「先生、赤はしばしば危険を表すからです。
赤と危険が結びつくのは、人間自身の血が赤いことに関係していると思います」
「良い答えだ。まさにこの認知ゆえに、人々は生活の中で、危険や禁止を表現するために赤を用いる傾向にある。
楓奈、それは何のためか?」
「何のため? えっと…表現するため?」
「星動、何のためか?」
「効率化のため…ですか?」
「まさにその通り。効率化のためなのだ」
(なるほど、認知コストを下げるためか…
鈍い頭、どうして気づかなかったんだろう)
「色彩の第一印象を利用することで、人々は生活の中で素早く認識することが可能となる。
これは言語や種族を越えている。なぜなら多くの動物もまた、赤に対して警戒を示すからだ」
「そしてこれこそが『認知』であり、『共通認識』でもあるのだ」
修道女の手のひらに再び炎が灯った。
「このような認知のもとで、赤い衣装をまとった魔法使いが、炎に関連する魔法を使う。
これは人々の認知に沿った行為であり、彼女に対する人々の印象が力を与え、彼女の魔法をより強大にする。
ゆえにここで、
重要な第二条を提示する:
『認知の力』。
星動、尋ねる。君の父が楓奈の父と腕相撲をするとしよう。
二人きりの場合と、周りに大勢が見ている場合とでは、
どちらが君の父は勝ちやすいか?」
「えっと…父は賑やかなのが好きなので、二つ目の状況の方が勝ちやすいと思います」
「そうだ。これこそが一種の認知の力の現れである。
ごく普通の人間が、ごく普通の活動を行う時、
もし誰かに注目されたり励まされたりすれば、しばしばより強い力を発揮できるものだ…
楓奈、何を考えている?」
「あっ!?」
楓奈は知らぬ間に頬杖をついていた。
修道女に指摘され、慌てて姿勢を正した。
「ごめんなさい、師匠」
「講義に集中せよ。余計なことを考えるでない」
「はい、師匠」
「認知の話に戻ろう。
先に述べたように、魔法とは認識をねじ曲げる術だ。
魔法が、普通の人間の普通の活動ではできないことを行うものだ。
ゆえにそれは見た目上、人々に違和感を与える。
そしてこの違和感は、術者にプレッシャーをかける。
時にはこのプレッシャーが術者にダメージを与えることさえある。
未開の時代には、辺境の小国など、魔法使い自体が少ない地域では、
王が自らの支配を保つために、
魔法使いの掃討を命じ、魔女裁判を行い、魔女を火刑に処することもあったのだ」
(中世の魔女狩り…
まさか異世界にもあったなんて)
「そこで、魔法の先達たちは試行錯誤の末に発見した。
もし、自然の動きや普通の活動に合致する認知に沿って魔法を使えば、この『認知を歪める行為』に対する人々の心の受け入れ度合いが著しく向上し、
人々の印象がより積極的なものへと変わり、
それが力となって魔法使いに吸収される、ということ。
これが、多くの自然系魔法使いが、自らの属性に合わせて外見を決める重要な理由なのだ」
「先生、では長い詠唱や、大規模な魔法陣の展開といった行為自体も、認知や印象に沿うものなのでしょうか?」
「良い質問だ。その通りである。
『困難なことほど、長い時間をかけるほど、その効果は大きい』――これが彼らの心に合致するか否かは別として、
この印象はほぼ全ての生物の心に深く根ざしている。
だからこそ、物語の本などでは、魔法使いが素早く詠唱したり、無詠唱で呪文を使ったりする場面を見かけるが、仲間がいる場合や時間に余裕がある場合は、長い詠唱を行うことが多い。
それは一方で魔力をゆっくりと凝縮しているためだが、
他方で、人々の認知から生まれる力を集めているためでもあるのだ」
楓奈はなぜかウルトラマンを思い浮かべた。ポーズを長く決めれば決めるほど、必殺技が強力になるあの感じだ。
(でも最強クラスのあのウルトラマンたちは違うんだよな…
彼らの必殺技って結構シンプルだったりするし)
「認知の力は非常に強力であり、人々の行動をも左右する。
では、魔法使いや剣士、格闘家など、魔力を使う職業の人々は、これをどのように活用するのだろうか?
ここで第三のポイントを引き出さねばならぬ:
『角度と職業』」
楓奈、魔法に関連する異なる職業を十種、挙げてみよ」
楓奈は指を折りながら数え始めた。
「魔法使い、魔術師、錬金術師、ウィザード、魔女、ウィッチ、ソーサレス、魔法少女、吟遊詩人、牧師…」
「良くできた、楓奈。だが、わたくしにはもっと簡単な答えがある:
火属性魔法使い、水属性魔法使い、風属性魔法使い、雷属性、草属性、土属性、光属性、闇属性、氷属性、空間属性…といった各属性の魔法使いだ」
楓奈は呆気に取られた。
「師匠、それずるいよ!手抜きすぎ!」
「もっと簡単なものもあるぞ。
火属性爆裂魔法使い、火属性癒し魔法使い、火属性防御魔法使い、火属性近接戦闘魔法使い、火属性死霊魔法使い、火属性召喚魔法使い、火属性浄化魔法使い、火属性付与魔法使い、火属性幻術魔法使い、火属性催眠魔法使い、火属性予言魔法使い…十種だ」
「…」
「ここで改めて尋ねる、楓奈。
この世に存在する魔法関連の職業は、果たして何種類あると思うか?」
「師匠、そんな数え方したら、何万種類ってことになっちゃうよ…?」
修道女は首を振った。
星動が楓奈の方へ向き直り、助け舟を出した。
「楓奈、先生の意図を理解していない。
先生の言う通りなら、魔法の職業とは例えば:
『火属性』で『爆裂魔法』を『超広域』に『一発瞬発』で『無詠唱』、『超長時間持続』する『超高破壊力』を持ち、『浄化効果付加』で『死霊特攻』の魔法使い…といったものだ。
したがって答えは、無限にある…となる」
楓奈は呆然と星動を見つめ、次に修道女の方へ視線を移すと、彼女が満足そうにうなずいているのを見た。
即座に彼女は悲鳴をあげた。
「そんな数え方アリなの!?!?」
(ちょっと待て、お前そんなに早く理解できるのに、どっちが弟子なんだよ!?
くそっ、お前ただの聴講生だろ?!)
「でもそれって、魔法の種類じゃないの? 職業の種類じゃなくて?」
「楓奈、もしある人物が、『火属性』で『爆裂魔法』を『超広域』に『一発瞬発』で『無詠唱』、『超長時間持続』する『超高破壊力』を持ち、『浄化効果付加』で『死霊特攻』の魔法…ただ一つだけを使えるとしたら、その魔法はその人物にとって、魔法なのか、それとも職業なのか?」
楓奈の思考が停止した。
(師匠、それってあの有名なライトノベルをガンガン意識してるよね…)
ガリッ!ガリッ!
星動が椅子を引き、楓奈の隣に座った。
「星動君、何するの?」
「先生、彼女にひそひそ話で一言。そうすれば理解できるかもしれません」
「え?」
「構わん」
楓奈はさっぱりわからなかった。
「…なに、ひそひそ話って」
星動は楓奈の耳元に口を寄せた。
この密着した行為に、楓奈の顔は紅葉のように一気に赤くなったが、星動は全く気にしている様子がない。
「物理学と化学の二重学位の博士みたいなものだと思えばいい」
「…それって学問分野みたいな?」
「そういうことだ」
「…わかったよ、早く戻って」
ガリッ! ガリッ!
星動は椅子に座ったまま、元の位置へと戻っていった。
「楓奈、理解したか?」
「理解しました、師匠。
つまり、ある分野を細分化すればするほど、より多くの職業が生まれ、それらの職業への熟練度が高ければ高いほど、その人物に対する人々の印象が『強い』というものになり、結果としてその人物への力の補強も大きくなる…ってことですよね?」
「その通り。よって次に、君たちはこの数字の羅列を認識する必要がある」
修道女は振り返り、黒板に一連の数字を書き込んだ:
202585:100:79
11桁の数字だ。
(電話番号みたい…)
修道女がチョークで黒板をトントンと叩いた。
「推測してみよ。この三つの数字がそれぞれ何を表しているか」
二人は思考を巡らせた。
「先生、この数字の羅列は先生に関係あるものですか?」
「ああ、わたくしを表すものだ」
「先生を表す…? 師匠、この数字は師匠の実力を表しているんですか?」
「そうだ」
楓奈は手を叩き、黒板を指さした。
「202585は師匠が習得した職業の数!」
「正解」
修道女は振り返り、202585の下に「職業数」と注釈を入れた。
「じゃあこの100は何を表すんだろ…」
楓奈が頭を悩ませていると、星動が手を挙げた。
「先生、100は100パーセントを表しますか?」
「そうだ」
「分かりました。真ん中の数字は、先ほどの職業に対する習熟度の総合値ですね」
「ああ。真ん中の数字は、それらの職業に対する総合的な習熟度を表す」
100の下に「習熟度 または 職業の質」と注釈がついた。
(量と質か…理科みたいだ。地球で「魔法が本当にあるなら、それは科学技術のように難しいものだろう」って言う人がいたけど、まさか本当だったなんて)
楓奈が心の中で毒づいていると、星動が感嘆の声を上げた。
「先生、一つ一つの職業すべてを100%習熟されているんですか? それは本当に凄いことです」
「方法は人それぞれだ。
一度に多くの職業を学んだり、いきなり多くの職業を創造したりする者もいる。
それは確かに初期の戦闘能力を素早く広げるが、後々になって手に負えなくなり、深く習得できなくなることが多い。
そのためわたくしは、一つの職業を完全に習得し、完全に熟達してから次の職業へと進む。
たとえ新たな職業のインスピレーションが湧いても、それは記録し、後で実現するようにしている。
わたくしは君たちにも、同じように一歩一歩着実に進むことを勧める」
(PS5のゲームみたいに、一度に何本もプレイするプレイヤーもいれば、一本をプラチナトロフィー取るまでクリアしてから次に行くプレイヤーもいる…
うーん、あたしの場合、絶対に前者の、せっかちなタイプのプレイヤーだわ…)
「最後のこの数字は、わたくしが教えぬ限り、君たちには推測できまい。直接教えよう」
修道女は振り返り、黒板に書き込んだ:
79:弱点
楓奈と星動は顔を見合わせ、声をそろえた:
「弱点?」
「そうだ」
修道女は二人に向き直った。
「誰が言ったというのか、弱点が印象ではないと?」