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Chapter29:避難する花神族

  楓動ふうどう町より西へ二千八百キロメートル。

  

  人跡未踏の原生地域。

  

  陽光さえほとんど透過しない鬱蒼うっそうとした森林の深奥部。

  

  分厚い苔と落葉層の上から、一つ頭が慎重に現れた。

  

  その鋭い双眸は、森で最も警戒心の強い生き物のように、忍耐強く、ゆっくりと周囲の隅々までを探った。

  

  絶対的な安全を確認すると、その頭は微かに後ろへ引き、高く臂を上げて、背後に向かって簡潔で明確な合図を送った。

  

  「安全だ」

  

  風の音とほとんど溶け合う、極めて低く押さえられた声がかすかに伝わる。

  

  無言の指令を受けたかのように、本来なら何もなく、自然の気配しかないはずの叢林そうりんに、尋常ならざる動きが生じ始めた。

  

  太い樹根の陰、垂れ下がった蔦の幕、巧妙に偽装された落葉の窪みから、一つずつ人影が、まるで土からえ出る植物のように、極めてゆっくりと、静かに姿を現した。

  

  彼女たちは、ほとんど全員が女性で、年齢に明確な差があることくらいだった。

  

  最も注目すべき点は、彼女たちが長髪であれ短髪であれ、髪に数こそ違うが、生々しく鮮やかな花を飾っていることだ。

  

  あたかも動く花園を頭にいただいているかのようである。

  

  先ほど道案内を担当していたのは、腰まで届くピンクの長い髪を持つ少女だった。

  

  彼女の頭上の花は特に複雑で目を引く。

  

  深紅、真紅、ピンクに白…様々な色の花が天然の華麗な冠のように、幾重にも彼女の髪の間に絡みつき、もともと際立った美貌を一層艶やかに、言葉にできないほどに引き立てている。

  

  少女の肌は透き通るように白く、顔立ちは神匠が心を込めて彫り上げたかのように精巧である。

  

  特に、水々しく、最も純粋なピンクの宝石のような大きな瞳は、澄み切って明るく、森全体の霊気を宿しているかのようだ。

  

  身長は同年輩の中では高く、170センチに近いが、体つきはまだ完全には大人びておらず、少女特有の青さとほっそりとした印象を与え、およそ十一、二歳くらいにしか見えない。

  

  その場にいるすべての女性は、年長でも年少でも、容貌がかなり麗しく、世俗を離れた霊秀の気を帯びている。

  

  そして、この既に十分に卓越した女性たちの中において、このピンク髪の少女の容貌と気質は、あたかも明けの明星のように燦然として、ひときわ抜きん出ている。

  

  彼女はその宝石のような双眸を微かに閉じ、前方へ白く細い手の平を差し伸べた。

  

  しばらくすると、周囲の空気中に微細な羽音が聞こえ始めた。

  

  様々な蝶と勤勉な蜜蜂が、目に見えない召喚を受けたかのように、林間や花叢から続々と飛来し、彼女の細い指先にまとわりつき、巡礼のようにひらひらと舞った。

  

  「ご苦労様はなり」

  挿絵(By みてみん)

  彼女は目を開け、優しい眼差しで指先の小さな生命たちを見つめ、声を潜めて感謝した。

  

  その後、彼女は手指を自身の髪の花冠へと導くと、蜜蜂と蝶は従順に彼女の手指を橋渡しとして、軽やかにそれらより香りのよい花の方へ移行し、彼女の髪の周りを飛び回り、蜜を集め続け、夢幻のような光景を構成した。

  

  「東側に敵の気配は感知できません。引き続き前進しましょうはなり」

  

  彼女は場にいる族員たちの方に向き直り、声音は澄んでいて重厚で、年齢に不相応なほどの決断力を帯びて言った。

  

  「若族長わかぞくちょう、花たし(はなたし、すべての花神族の自称)たち、本当に人間の領地へ行くのですか?

  もう随分長く、彼らの前には現れておりませんのに」

  

  年の頃からしてさらに若く見える少女が、おずおずとした表情で、小声で尋ねた。

  

  「随分って、どれくらいはなり?」

  

  若族長と呼ばれるピンク髪の少女は、落ち着いて反問した。

  

  「一億五千万年…」

  

  「人類文明と花たしたち花神族はなかみぞくが共有する悠久の歴史の流れにとって、それはそう長いとは言えませんはなり。

  人類は花たしたちの存在を完全に忘れてはいないでしょうはなり。

  ましてや、今や魔王が復活し、大陸全体が心を一つにするとなって、滅世の脅威に対抗しなければならないはなり。

  この時節に、先導して内輪もめを引き起こそうとする愚か者がいるとは思えませんはなり」

  

  若族長の口調は非常に確信に満ちており、人心を安堵させる力を帯びていた。

  

  「ですが、若族長、お忘れなく。

  一億五千万年前、花たしたちの先祖がなぜ衆生の視界から離れ、挙族して移住し、隠遁することを選んだのかを。

  多くの種族や勢力は、おそらくとっくに花たしたちが完全に滅んだと思い込んでいるでしょう。今、花たしたちが突然世に再現したとなれば、恐らく…」

  

  白髪をたたえ、皺深く刻まれた老婆が、ねじれた木の杖を支えにゆっくりと歩み出た。

  

  「四おばあちゃんさん、その中に潜むリスクは理解していますはなり。

  すべての結果は、花たしが責任を負いますはなり。

  最も肝心なのは、たとえ人類が花たしたちを探しに来なくとも、魔王は既に花たしたちの棲家を見つけ出しているということですはなり。

  人類が脅威となるかどうかに関わらず、魔王は既に花たしたちに屠殺の刃を振るい、根絶やしにしようとしていますはなり。

  故に、人類の庇護と協力を求めることは、眼下で取らざるを得ない行動であり、花たしたちにとって唯一の活路なのですはなり」

  

  「若族長がその利害を理解されていれば結構。わたくしはただ注意を促したまでです」

  

  「残念なことに、花たしたちの隠れ里はあまりにも辺鄙へんぴすぎましたはなり。

  もし北方地域に近ければ、花たしは優先的にあの『水晶勇者』の庇護を求めたでしょうに、はなり。

  ですが今は距離があまりにも遠すぎるはなり。

  花たしたちは中部の『紅葉王国』へ向かうしかありませんはなり。

  あそこの支配者が、噂通り人当たりの良い方であることを願うのみですはなり」

  

  若族長の先導のもと、この数十名の年齢様々な女性たちは、沈黙かつ迅速な行進隊列を組んだ。

  

  彼女たちは鬱蒼とした森林を縦横無尽に行き来し、腰までの深い草叢を掠めるように進み、冷たく澄んだ河川を軽やかに渡り、山川を踏破して、風塵にまみれながら、一日でも早く人類王国の国境に到達せんと願った。

  

  しかし、彼女たちが再び森の深くへ分け入ったその時─

  

  先頭を歩む若族長の顔色が突然として変わる! あたかも何か極めて恐ろしい脅威を感知したかのように。

  

  「逃げろ─!」

  

  彼女は短く鋭い警告の声を発した。

  

  その瞬間、彼女は目にも留まらぬ早業で、髪から一輪の瑞々(みずみず)しい赤い花を摘み取った。その花は彼女の掌中で瞬時にまばゆい光を放ち、形態が急激に変化、拡張する。瞬く間に、複雑な花蔓の紋様が刻まれた、金属光沢をひらめかせる円盾へと変貌した。

  

  彼女は両脚で強く地面を蹴り、体から驚異的な力を爆発させ、矢のごとく森の幾重もの樹冠を一気に突破し、高く半空へ躍り出た。

  

  彼女は両手で花の盾をしっかりと握り、それをしっかりと頭上に構え、全力で防御する姿勢を取った。到来しようとする壊滅的な打撃を迎え撃つかのように。

  

  ドガン!

  

  耳をつんざくような、まるで大鐘の響きのような轟音が、突然炸裂した。

  

  果たして、彼女が跳び上がった瞬間、重厚な黒い鎧を身にまとい、全身から濃密な黒煙を放つ男が、まるで鬼の如く森の上空に現れた。

  

  その男は、まるで扉板のように巨大な恐怖の戦戟を手に握り、山を裂き岩を砕く勢いで、少族長が慌てて掲げた盾に容赦なく叩きつけた。

  

  衝撃波は交差点を中心に波紋のように広がり、下方の樹冠を激しく揺らした。

  

  その瞬間、黒き鎧を纏った男の狂気に満ちた高笑いが森に響き渡る——

  

  「花神族!腐った泥と落ち葉の下に隠れるしか能のない虫けらどもめ!よくぞ俺様の前に現れたな!ハハハハハッ!」

  

  …

  

  ほとんど同じ時刻、遠く離れた行軍隊列の中にいた星動は、突如として勢いよく振り返った。

  

  鋭い眼差しは幾重もの空間を貫くかのように、西南の遥かなる天際を射抜く。

  

  「どうしたんだい、星動君?」

  

  傍らの改守がすぐにその異様な反応に気づき、心配そうに問いかける。

  

  星動はゆっくりと顔を戻し、改守を見据えた。その表情はかつてないほどに厳しく、眉間に深い皺が寄っていた。

  

  「……あの方角、かなり遠い場所で、さっき強烈なエネルギー衝突と空間振動が起きた。俺の重力感知に引っかかった。俺たちが向かっている落葉大町とは正反対の方向だ。」

  

  彼は、行軍の進行方向とは真逆を、指で鋭く示した。

  

  「で、どうする?“あいつ”に伝えるのか?」

  

  側にいた長遠ながとおが息子の言葉を耳にし、がなり立てるように問い返した。その豪放な声に、周囲の数人が思わず振り向く。

  

  長遠の言う「あいつ」とは、この混成部隊――落葉大町からの援軍や周辺の村々の若者たちを率いる隊長のことだ。白馬の騎士たちに囲まれ、中央でふんぞり返っている一人の男。

  

  絹織物を身にまとい、場違いなほど華美な衣装を着た、肉山のごとき肥満体。彼もまた立派な白馬に跨がってはいるが、その巨躯は馬の背を容赦なく押し潰し、哀れな馬は荒い息を吐きながらよろよろと歩を進めていた。

  

  彼こそが落葉大町の町長の息子、身分高き貴族の御曹司である。

  

  星動は一瞬ためらった。だが責任感から、ついには足を速めて人混みを抜け、隊列の前方へと進み、一人の警戒中の白馬騎士に報告を告げた。

  

  銀色に輝く鎧を纏った騎士は怠慢を許さず、すぐさま踵を返して中央の貴族へと伝える。

  

  だが返ってきたのは、真剣さではなく――怒鳴り散らす罵声だった。

  

  「間抜けめ!そんな下らんことをいちいち報告するな!

  後ろの田舎もんどもは何も知らん腰抜けだ。風が吹いただけで小便を漏らす。

  どうせ錯覚か、どこかで魔物が喧嘩でもしただけだろう! そんなことで大騒ぎとは笑わせるわ!」

  

  怒鳴り終えてもなお気が収まらぬ様子で、彼は顎をしゃくって命じた。

  

  報告に来た星動を自分の馬前に連れて来い、と。

  

  渋い顔をした白馬騎士に導かれ、星動は隊列の最前へと進む。

  

  貴族がせめて詳細を問うか、あるいは検証くらいするかと期待していたが――

  待っていたのは、上から見下ろすような、侮蔑に満ちた怒声だった。

  

  「貴様、何を企んでいる?ん?小僧!この隊を率いているのは誰だ?お前か?それとも俺か?

  誰が許可した、行軍中に好き勝手にデマを流し、兵の心を乱すことを!ふん、そのまだ青臭い面構え、職業数が二桁あるのかすら怪しいガキが、よくもまあ偉そうに口を出せたものだな!」

  

  星動の眉間に皺が刻まれる。怒気を必死に抑え、静かに答えた。

  

  「――188:100:24。」

  

  「……は?」

  

  貴族は耳を疑ったかのように大笑いし、肥肉が震えた。

  

  「この若造が三桁だと?ははっ!俺を田舎の馬鹿とでも思っているのか?こんな戯言を信じるとでも?ガキが、身の程を知れ!」

  

  星動は冷ややかにその視線を受け止める。もう理解していた。

  

  この男は最初から聞く気などなく、ただ人を侮辱し、威を誇るためだけに呼んだのだと。

  

  言葉を重ねる価値もない。踵を返す。

  

  「おい!?待て!誰が帰っていいと言った!」

  

  怒鳴り声を背に、星動は足を止め、苛立たしげに振り返った。

  

  「最初から俺の報告を信じるつもりがないなら勝手にすればいい。

  だが――これ以上繰り返し侮辱するのなら、俺はただちにこの隊から抜ける。

  お前らだけで好きにやれ。」

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