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140字小説まとめ20

作者:

女の人が、俯いている。何かあったのかな? 僕は話しかけたけど、返事は返ってこなかった。そしたら、お母さんが腕を引っ張ってきた。

「何話しかけてんの!」

引きずられるように、僕は走る。女の人の方を見ると、髪の隙間から笑顔を浮かべて、ついてきていた。


「……厄介な悪霊に、憑かれたわね」


『ついてきた』







ご飯を噛んで、丁寧に掻き消す……目の前で毎日される親の喧嘩も、掻き消したい。できないと思うけど。味のしないご飯を、機械的に運び続けた。

「……いいわよね、呑気にあったかいご飯食べれて」

母の八つ当たりに、何かが切れた。反射的に、冷たい味噌汁を笑顔で投げつける。

「冷めてるでしょ?」


『冷めた食事』







「疲れたのよ、もう……」

 風呂の準備をする友人に、力なくぼやく。貴女が来なければ、今頃永遠の眠りについてたのに。

「じゃあ、尚更風呂に入りなよ。疲れ取ろ」

 そう背中を押されて風呂場に行った。ラベンダーの香りの入浴剤が、私を包み込む。

 今までで、一番温もりを感じた瞬間だった。


『幸せが来る』








私は、何にもない。ただ、世間から『普通』と呼ばれる日々を、無作為に消費している。良いのかな、これで。

停滞していると、言葉が私にぶつかった。

『当たり前』を重ねられるって、素晴らしいね。

周りを見渡す。果たして私に投げかけられたか、分からない。けれど、歩を進めるには充分だった。


『コツコツ』








生前、婆ちゃんは軽かった。まだ中学生の俺でも、おんぶできた。どこまでも飛んでいきそうで、心配だな……。その予感は、的中した。数日後、婆ちゃんは息を引き取った。布団で横たわっている婆ちゃんは、穏やかだ。布団のシーツを持って、皆で棺に入れた。手が千切れそうなほど、重くて、痛かった。


『いのちの重さ』







一つの手が、私の手に重ねられる。握り返そうとしても、すぐに抜けてしまう。

「なんで、逃げるの?」

私が尋ねても、彼は黙ったまま俯く。狡いなぁ。私が貴方を追いかけるの、分かっている。貴方を捨てないの、分かっている。

だから、今日も手を握ろうと、隣に立つ。

臆病で、意地っ張りな彼の傍に。


『隣にいるよ』







「はい、どうぞ」

公園のベンチに座っていると、子供が飴玉をくれた。何て可愛らしいんだろう。

「いいの? ありがとう」

快く貰うと、子供はすぐ去った。折角貰ったから食べようと、包み紙を開け、口に含んだ。


……何も味がしない。それにこれ、ビー玉?


遠くから、子供がニヤニヤと笑っていた。


『天使ではなく、悪魔の子』








僕は、タイムカプセルを掘り起こした。土塗れたカラフルな箱を取り出し、中身を空ける。そこには、可愛らしい髪飾りやブローチ等が入っていた。大人になって、身も心も堂々と、女性として振る舞えるその時まで、大事にしまっていた。


やっと、「僕」ではなく「アタシ」と、胸を張って言えるのだ。


『転換』







私は、愛し合ってる彼がいる。幼稚園の時、結婚の約束して、ずっと一緒に過ごしてきた。それなのに、彼は別の婚約者を連れてきた。だから、私の部屋で監禁する事にしたの。


「リストラされて、婚約者と上手くいってなかったから、助かったー。やっぱお前しかいないわ」

彼は、笑顔で私に愛を囁いた。


『きせい』







頭を撫でながら、背中を優しく叩く。息子は、こうしないと寝れないのだ。あどけない寝顔で穏やかな寝息を立て、毛布にくるまれている。私がいないと何もできないなんて、本当に愛らしいわ。あ、明日は、息子の誕生日ね。お祝いの準備をしないと。


もう、34歳になるの……大きくなったわねぇ。


『過保護』







空に溶け込んだ妹は、もう私に笑いかけることはない。いいんだ、これで。両親からの過剰な愛を押し付けられることは、ないもんね。


でもね、私も連れて行って欲しかったよ。

私は、貴女の味方だったのに……それすら、窮屈だったのかな。


私の問いかけに呼応するように、空から柔らかな光が瞬いた。


『冷たい地上』







土を掘ったら、美しい女性が出てきた。きめ細やかな白肌の裸体に、長く黒い髪がゆったりと流れている。小奇麗な棺に入れられているとはいえ、劣化した様子はない。埋めたばかりか……? しかし、死体をこうも丁寧に埋めるとは……。


同じ、だな。


これから埋める予定の木箱を、そっと見つめた。


『同類?』







「殻に閉じこもってばかりじゃ、しけちゃうよ。外に出てみなよ、ヤドカリ君」

そういって北風くんは、激しく風を吹き荒らす…煩い。一方、太陽くんは黙って生暖かく、見つめてくる。……勝負に、巻き込まれてるんだろうか。人間から、僕に変えたんだな。凄い迷惑だけど……


友達といるのは楽しい。


『友達だから、いっか』








カーテンの隙間から、チラリとこちらを覗いている。可愛いなぁ。でも、少しは、隣に来てもいいのに。微笑みながら見つめ返していると、猫が私の足元にすり寄って来た。視線は、相変わらずカーテンから感じる。


……あれ、飼い猫じゃなかったんだ?


じゃあ、あのコか。また来たんだね、いらっしゃい。


『訪問』







小人が営む、商店街に来た。商店街全体が小さいので、いつもできるだけ、背をかがめている。踏みつぶさないように、怖がらせないように慎重に。優しくしてくれる小人たちには、親切にしたいから。


「……あの人を小さくする魔法薬はできたか」

「勿論。これで過疎化した商店街を、発展させるぞ」


『小人たちのたくらみ』







あつい。どうして、こんなにあついんだ。そして、なんにちもつづくんだ……。ああ、とける、とけてしまうよ……。


道路でのびている蛙に、脳内でこうアテレコしてみた。肌に触れると微かに動いているが、弱弱しい……連れてくか、家に。蛙を包み込んで持ち上げる。


梅雨、どこ行ったんだろうねぇ。


『あつい日』








「きょうは、ぼくがはらう!」

外食を終えた五歳の息子が、胸を張って言った。とても可愛いかったので、思わず笑った。その間に息子はレジに走り、背伸びしながら、どんぐりを見せて店員さんに笑顔を浮かべた。


「かしこまりました……!」

店員さんが可愛さに悶えながら、会計を進めた。止めた。


『可愛い奢り』






孤独だった私に、声を掛けて笑いかけてくれたの、貴方しかいないの。貴方は、挨拶していただけかもしれないけど、救われたの。だから、ね? 結婚しましょう? 愛しているわ……。


「うん、気持ちは分かったから、地獄に引きずるのやめてね」

 何百回にも渡る幽霊の求婚を、俺は今日も抑えた。


『求婚』







不思議な安眠グッズの、店に来た。色んな商品が立ち並ぶ中、俺は会いたい人の夢を見れるアイマスクを手に取った。使った後は、代償が降りかかる……それでも、この苦しみが治るなら、悔いはない……亡くなった恋人に会いたいんだ。代償が、アイマスクを外さなければ永遠に目覚めないとしても。


『それでも』







「何で、私と一緒にいるの?」

 白崎さんは、にっこりと笑う。

「黒野さんと、いたいから」

 ……答えになってない。夕暮れの教室で、微笑む彼女に目を逸らす。地味で不器用で何の取り柄もない私に、何故……自分で思って、悲しくなってきた。


ああ、黒野さんが今日も悲しそうにしてるの、可愛い。


『見えない歪』







文字一つもない、白い紙が俺を見つめている。何も、書くことが思い浮かばない。手紙、なのに。頭を一生懸命捻っても、何を書けばいいのか……絵くらい、しか描けない弊害、が……。俺はすぐに、ペンを持った。

入院している母さん、喜んでくれるかな。俺の記憶の中にある、笑顔の母を描くことを。


『絵手紙』







ちりん、ちりん

蝉の鳴き声が消えた、風の音が消えた。

ちりん、ちりん

飼い犬の吠える声が消えた、妻の声も消えた。

僕の作った風鈴は、周囲の音を消してしまうらしい。念を込めすぎた。全ての音が消え、風鈴だけの音が響いてほしい、と。無音の中、風流が一層際立つなぁ……口角が、自然と上がった。


『消える風鈴』








私に、手を振った。鏡の向こうの『私』は、手を振らず、胡乱な瞳で見つめている。次は微笑むと、握りこぶしで鏡の内側を叩いてきた。お母さんに呼ばれて、私は部屋を出る。その間も、ずっとこっちを睨み上げていた。


鏡の中の私と入れ替わっただけで大げさね。そっちの世界も、慣れれば楽しいわよ。


『楽しい世界』








か細く、けれど清らかな芯を持った声が、線香の煙に吸い込まれていく。父の墓参りをしている最中、娘が急に歌い出したのだ。父が嬉しいとき、口ずさんでいた曲を。


「爺ちゃん、墓参り来てくれて、嬉しいんだって。私も、会えて嬉しいから……」

 何もない空間を指さして、笑顔で続きを歌い出した。


『嬉しい一時』







あの綺麗な満月、欲しいなぁ……。そう思って、長い長い梯子を持って来て、登り始めた。でも、月に手が届いても、満月は私を落とそうと暴れた。何とか私は端っこを掴んで引きちぎったけど、私は真っ逆さまに落っこちた。月は、細く欠けた姿のまま、私を見下ろした。

その姿の方が、欲しい、かも。


『欲張り』






「おとうさーん! はやく公園いこ~!」

 娘が、笑顔で手を振っている。妻が死んで、ふさぎ込んでいたから……本当に、元気になって良かった。妻の面影を携えた娘の姿が、支えられているといっても過言ではない。このまま大きくなって……妻の亡くなった穴を埋めるために、私と結婚しておくれ。


『面影』







空の色素が、急に薄まり始めた。先ほどまで、紺碧だけが塗りたくられていたというのに。また、重い憂鬱を抱えたまま、明日が来る……。時間が、止まればいいのに。憂鬱は晴れてくれないが、洗練された夜の時間に永遠に浸りたい。今日も引きこもった部屋から、忌々しい朝焼けを目を細めて見つめた。


『あたらよの時間』







玄関からリビングまで、泥だらけの足跡が続いている。夫のサイズだ……でも、夫は仕事で、今家に居るのは私と……。リビングに行くと、一回り以上大きい革靴と、ネクタイを首にかけている、小さなサラリーマンがいた。

「もちもち、もちもち!」

 おもちゃの電話を耳に当てている姿に、思わず笑った。


『息子リーマン』






 空になった金魚鉢が、友達の部屋に置いてあった。これは、何? 指さして尋ねると、友人は遠い目で金魚鉢を見つめた。

「大事にね、育てていた金魚が、ぷかぷか浮いてたの」

 その姿を、忘れたくなくて。友人の呟いた言葉は、金魚の成り果てた姿を心底愛するような、不気味な響きを孕んでいた。


『歪んだ懐古』








今日は、何処にも出れない。雨と強風が乱れ狂い、家屋を容赦なく叩きつけている。こんな時は、家でゆっくり一人で過ごすのに限る。紅茶を注いで、まったり手足を伸ばす。お気に入りのソファは、私にぴったり合って、座り心地が良い。素材が、クズな元カレだから心配してたけれど、なかなかいいわね。


『まったり』








きいきい、と、甲高く軋む蝶番のせいで扉の開きが悪い。

「だから、出ない」

向こう側にいる、鬱陶しい友人に対して冷たく突き放す。これで、あの子は諦め――

「じゃあ蝶番を、蝶々にしよう!」

目の前に、蝶々がひらり、と飛んだ。友人が、大きな笑顔で私の手を引き、外へ、いざなう……ああ、綺麗だ。


『ひとくみ』







水に、色んな絵の具を垂らす。これを紙に写して……よし、できた。入り乱れているのに、汚い色にならないのは何故だろう。……仲違いした友達みたいに、ならないんだ。他の子と一緒に楽しく話しながら、授業に取り組んでいる友達を横目で見た。私よりも、一層綺麗なマーブリングが出来上がっていた。


『綺麗』







「口の中、ムズムズする」

息子が開けた口の中には、小さな牙ができていた。不安そうな息子に、抱きしめて頭を撫でる。

「大丈夫。かっこいい吸血鬼になる為に、成長してるよ」

「……僕、人間だよ?」

「貴方が欲しくて、私が血を吸ったから、同じ吸血鬼になったのよ……成功して、良かったわ」


『むりやり』








強風で空へと飛びあがった、浮き輪の姿が窓から見えた。娘をプールで遊ばせた後、膨らませたまま、乾かすのは悪手だった。

「凄い! 浮き輪さんが、空を泳いでいるみたい!」

タオルで頭を拭いていた娘が、空へ向かって指を差す。素晴らしい発想だが、早く浮き輪を取りに……まあ、遊ばせとくか。


『空の海へ』







亡き友人から残された、この気持ちの解読は未だに出来てない。どんな計算をしても、分からなかった。精神的なものを数であてはめることは、間違いだと思うが、縋らずにはいられなかった。天才と名高い数学者の私も、落ちぶれたものだな。

『貴方が、気づかなきゃ』

笑顔の友人は、今も頭から離れない。


『恋』








校舎裏に呼び出して、告白した。一世一代の勇気を出したのに、彼女がいる、と、気まずそうな顔で告げられた。情けない、好きな人に気を遣わせてしまった事が。一人で去った後、私の心と呼応するように、空は静かに泣いた。丁度いい雨は、好きだ。寂しく乾いた心身に、ゆっくり浸透し、私を包み込んだ。


『慰めの雨』








蝉の抜け殻が、木にしがみついていた。何も、中身はない……。丁度母が亡くなって、虚無になった私のようだ。手を伸ばして指に触れたら、音もなく落ちた。その様子も私のようで……間髪入れずに踏みつけた。足をどけると、粉々になって、もう元には戻らなかった。……私も、戻る事はないだろう。


『投影』







「『死生』を、交換できます」

看板を見つけて、俺は導かれるようにその店に入った。余命僅かの死を待つ人と、生に満ち溢れている人の魂を、交換する場所らしい。俺は、死を待つ人に魂を交換してもらった。


……簡単に、死にたがるんじゃなかった。死って、こんなにも痛くて、辛くて、苦しいんだね。


『死への代償』








昔は、黄昏に染まった網戸の小さな隙間から、別の世界が見えるんだと思っていた。実際そんなこと、ある訳ないけど。隙間の向こう側を見ること自体、難しいし。今も見たって……何だ? ここらへん異様に黒い。しかも、他の網目にも広がって……。闇が俺を覆った瞬間、それきり何も分からなくなった。


『黄昏時』








包装紙に、自身を纏わせる。可愛い柄で、私を着飾う瞬間は至福だ。特に、今日は年に一度の大事な日……好きな人の誕生日だから。誕生日に最高のプレゼントである、私を送るの。よし、終わった。丁度、部屋の明かりが点いた。

「あれ、こんな大きな荷物あったっけ?」

好きな人が、帰って来た。


『サプライズ』


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