表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「そんなお母さん」なんていらない。

作者: ありま氷炎


「死ねよ!」

 子供が持った包丁が百合子の腹にささる。

 彼女は痙攣した後、死んだ。

 

 野々宮百合子は、普通の主婦だったと思う。

 夫の奴隷であり、子供の奴隷。

 ただ考える力がなかった。夫と子供のいうことを聞き続け、夫に言われ、子供からゲーム機を取り上げた。

 そして激高した子供に刺されて死んだ。

 百合子が子供にゲーム機を与えず、子供をもっと一緒に過ごし、感情豊かに育てることができたら、彼女は死ぬことはなかった。

 そう、彼女は死んだのは自業自得。

 彼女は結婚して、子供を産むべきではなかった。

 子供を育てる能力はなかったのだ。


 私は、第二、第三の百合子を生み出さないため、こうしてこの地にとどまり続け、警告を鳴らし続けている。

 私は野々宮百合子だった存在、今は怨霊と呼ばれる存在だ。

 百合子のような存在を生み出さないのは簡単だ。

 彼女に子供を作らせないこと。

 彼女が子供を作らなければ、不幸は生まれない。

 だから、百合子のような存在を発見すると、私はしばらく彼女の中に潜り込む。

 子供を作らさないように、彼女の中で画策する。時には彼女を操ることもある。

 そのうち、私は怨霊と呼ばれるようになった。


「……逝きたまえ。君はここにいてはいけない」


 うるさい。

 私がこの体から出ていったら、この女は誰かと結婚して子供を成す。そしたら、女も子供不幸になる。だから、私はこの体にいて、この女が結婚しないように、子供を作らないようにしている。

 それがわからないか。


「君がそれをすることはない。君は自分のような不幸な存在を二度と生み出したくないんだ」


 なにを言っている?


「君の思いを私は見れる。どうして君は怨霊になったのか、それも。君はもう十分やったよ。それ以上苦しむことはない」


 なに?

 苦しむ?


「君はずっと苦しんでいたんだろう。自分を責めて。だけど、もう十分だ。大体君は死んだ時点で許されている。もう自分を責めることはないんだから」


 許されている?

 もういい?


「もう、終わらせていいんだ。彼女の人生は彼女のものだ。もしかして君が恐れるような人生を送るかもしれない。だけど、そうじゃない可能性もあるんだ。何が起きても彼女の責任だ。君のせいではない」

 

 もう終わってもいい?

 私は、私は息子を止めれなかった。

 ただ言われることをやっていただけ。母親としてはダメな存在だった。お母さんになれなかった。だから、私みたいな女をお母さんにしたくなかった。


「もういいんだ。君は十分苦しんだ。だから、逝っていい」


 ずっと苦しかった。

 私のせいで、家族がだめになった。

 だから償わなければと思っていた。

 私のような女をお母さんにしてはいけないって。


「もう、いいの?」


 私の想いは、憑依している女の口から洩れる。


「ああ、もういいんだ。君は十分やった。もう逝っていいんだ」


 ぱりんと何かが割れた。

 そして一気に気持ちが軽くなった。

 もう、もう頑張らなくていいんだ。

 もう終わらせていいんだ。


 かすかに息子と旦那の姿が見えた気がした。

 笑顔で私に手を振っている。


 私は二人に手を振り返す。



「除霊終わりです。もう娘さんは大丈夫ですよ」

「あ、ありがとうございます」


 黒いスーツを着た男に老婆が深々と頭を下げる。


「……娘さんに結婚を強要しないようにしてください」

「は?」

「そういうストレスも心を弱らせ霊にとりつかれやすくなるんですよ」

「わ、わかりました。ありがとうございます」


 男のアドバイスを信じ、老婆は納得したようだ。

 これから、彼女は娘に結婚を急がせることはないだろう。

 男はそう願い、老婆の家を後にする。


 怨霊になるのは悲しい死に方をしたものが多い。

 男はそういう怨霊にできるだけ話しかけ、成仏させるようにしていた。

 成功する時もあるし、失敗して無理やり消滅させることもある。

 今日は怨霊が自身の想いを思い出してくれて、笑顔で成仏してくれた。


「……お母さんか。君は十分でしたよ」


 名前もわからない怨霊。

 彼女のやり方は間違っていたかもしれない。

 けれども、お母さんとして彼女は十分責務を果たしていた。

 だからこそ、息子に殺され、無念の思いを深め、怨霊になってしまった。


 男には母親はいなかった。

 母親がいるだけで羨ましい、男はそんな風に考えながら、自宅へ急いだ。


(完) 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ