アイデアマン
熱狂の時間を超えると、いつもどこか遠くへ消えてしまいたくなった。ただ明後日の方角を見つめているだけで、まるで自分がそこに存在していないかのように思えた。僕の身体はなんて便利なんだろう。まだ頭はかつての熱狂を求めていた。だが狂うだけの熱量もなく、とりあえずでやってみても、あの日からずっと空撃ちしかできないでいる。僕は苛立ちの言葉を抑え、向かいにそびえる駅舎の中からざっと七、八十人、それぞれのアイデアマンたちがぞろぞろ歩いてやって来るのを見た。全員が、プロ中のプロだ。実際のところ、アイデアというものに価値がないことをよく理解している。もちろん金を支払うだけの価値はあるが、人が本気になって時間を費やすほどの価値はない。そのことを分かっているからこそアイデアマンは今朝も、一人残らずアイデアマン足りえるのだった。イエッサー、キャリアウーマン。そんな嫌味な音程の嫌味な返事が、誰かの携帯ごしに漏れ聞こえていた。駅前はアイデアのゴミで溢れ、今にも沈没しかけていた。
特に追われているでもなく自主的にアイデアマンから逃げてきた僕は、物理的に存在が証明できないとある屋上から街を見下ろしていた。ここの屋上はいつ来ても快晴であり、時々拭く風が気持ちいい。僕がいつまでもダークソウルを好きになれないのは、それよりも先にここの屋上を知ってしまったせいだといえよう。あんなゲーム、ただただ陰気でもっさりしているだけじゃないか。どれだけ暗い世界でも、せめて屋上には澄んだ青空が広がっていて欲しいと思っている。ここが物理的に証明されていないのにはそういった願いが込められてもいるわけで、だから僕はこの屋上を数学的に証明してやっと辿り着いたのだった。
隣街との海峡にかけられた橋は人工物であり自然にできたものでもあった。30年前にマンションが綺麗に横倒しにあって、それ以来マンションの残骸はそのまま橋として利用されるようになった。きっと行政の側に属するアイデアマンの仕業なのだろう。プロらしくえげつないやり方といえる。またそれに順応するのもプロの市民だ。この街はプロしか住んでいなくて、僕には少し息苦しかった。あれだけ渇望していた屋上も、いざ立ち入り可能になってみれば何てことない日常の延長線上だった。閉塞感は物理的なものでも数学的なものでもないから、結局はどこかで自分を切り離さなければ逃れることは不可能だ。とっくに熱狂できる時間は過ぎていたし、他人からアイデアを買うお金もない。そんなとき、僕はこの屋上から飛び降りてしまえばよかった。一体何十回死んだかも分からないが、こうすればいつまでも清々しく落ちていける。プロは全員、一度2、3回死ねばいい。イエッサー、アイデアマン。今日が快晴なら明日は雨にしたらどうだろう? ノーサー、アイデアマン。君はクビだ。