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極刑島9

6

 牛人ミノタウロス。ギリシャ神話に登場する牛頭人身の怪物。クレタ島の王、ミノス王が海神ポセイドンとの約束を反故にしたことによって、ミノス王の妻パシパエと白い勇猛な雄牛の間に生まれた呪われた子供。名前は星を意味するアステリオスだった。


 成長するに従って凶暴性の増していくアスタテリオスはミノス王の牛を意味するミノタウロスと呼ばれる様になる。その成長する凶暴性は常人の止めるところでは無く、ミノス王は彼を迷宮に閉じ込めることにした。名工ダイダロスによって建造された迷宮はラビリントスと呼ばれ、一度入れば二度と出る事が出来ない複雑さとさえ言われていた。そこへは隣国から9年に一度、男女それぞれ7名ずつ送り込まれ、ミノタウロスの食料として生贄とされた。


……

「で、そのミノタウロスが噂されているんだって、この東の海に?」

 僕はあっけらかんと聞き放つ。


「そうなんだ。まぁ、この時点で私達だって、それがミノタウロスで無いであろう事は想定しているし、それが真実であってミノタウロスの姿を捉えに来たとそう言う訳では勿論無いんだ」

 絶対にありえない噂というものは存在する。つまりは歴史的に見て、それが過去より伝えられている伝承であるという意味でだが。この一つの国の中でも北と南では大きく存在する伝承は異なる。


 同じ雷に畏怖を生じて、そこに雷神なり、雷獣なりを想像したり、海の波に恐怖して、海神を作る事はもちろんある。それはどこの国でも、どこの地域においてもある。その対象が存在する限り必ずと言って良いほど。


「私達だって、無茶をして、時間を無駄に捨てる事ができる程余裕が無いのは話した通りだ」


「余裕が無いのにも関わらず、現金を払ってでもここに取材に来る意味があったって言うのかい?じゃあ、何かこの件に関して特別強い可能性があるとでも言うのか?」


「そう強く質問されると自信が無くなるところも無くは無いが。私はね思ってるんだ、可能性と言うか、現実味というか、絶対に避ける事の出来ない事象がそこに確実性と本物を産んでいると」

 彼女の極めて愚かで、闇の様に煌めく、星の様な思いが言葉に纏わりついていた。


 本物を意識させるミノタウロスか。と言っても、どれだけ人を惹きつけ本気にさせる事が出来てしまう噂のそれも、実際にどうであるかなど判らないではないか。そう思いながら、彼女の本物を透けて見つめる様な記者としての眼が僕の心をも穿つ様な感覚がある。


 はてさて、本物か。


「そうは言うが、所詮ミノタウロスだ。何も証拠も無いのに、一冊のカストリ雑誌にポツンと有りました記事から、噂から足を運びましたとかじゃ、前みたくには行かないぜ」

 そう僕に言われて、鳩野和々は横にいる香永遠に頷き見せる。それに応える様に片やの女も頷き返す、そう来る事が分かっているような振る舞いだ。その2人の以心伝心を見ながら、行動の意味を知る。


 香永遠は自分のカバンのチャックを動かして、中身を探る。取り出したのはファイルで、その中から更に求める資料を取り出す。


「それがあるんです、証拠が」言いながら、取り出した一枚の紙の資料をこちらに差し出す。たった一枚のB5サイズの用紙、これだけの大きさの資料にどれだけのものがあるのやら。


「これはその島で撮られたと言われるミノタウロスの姿が映る写真のコピーです」


 そこには彼女が言うとおり、牛の頭を持った人の姿があった。いや、人の頭の部分に牛の頭が付いていると言った方がリアルに説明出来ていると思う。


 血走った目に、ダラんとだらしなくも力強く生えている舌、下顎に付いている臼歯が何本かチラついている。人間の部分と言うとおかしいか、首から下は血色の極めて真っ白に落ちた肌に、浮き出る青い血管、力無く疲弊している様な動く力さえ加えられていない足が生えている。


 確かにそこにはミノタウロスらしき生き物が映っていた。正確に言えば、写真である為これが生きているか、死んでいるかは定かでは無い。ただ、想像上のミノタウロスと言う生き物はズレなくこれだった。


「これがその極刑島で撮られた物であると言う証拠はあるのかい?」


「ややあると言えば、有りますが。ほとんど、私の知るところは伝聞です。実はその現物の写真というのは私の実家に保管されていた物で、それが極刑島で撮られた物であると言うのは私の曽祖父からの言い伝えらしく、私はそれが信用に足るものであると信じています。ただ、そう言うことです」


「信じるか……」


「です、同じ血の通った人間ですから。同じ物を信じると言うには申し分無い理由です」力強く迷い無く。そうして、続く言葉を無くしていく僕と後輩の会話に分け入って、先輩。


「やや証拠があると永遠が言ったところを説明するとするが。その写真は一枚だけじゃなかった。それはそうだろうが、誰もこんな奇怪な写真を一枚だけで飾ったりはしないだろう、遺影でも無いのだから」


「遺影は奇怪では無い」


「遺影は奇怪では無いが怖くはある。死人の写真だ。およそ、心霊写真のように怖いと感じる通りはあると思う」


「それで遺影じゃ無いなら、他の写真があったと言うのならどういった物なんだい?」


「景色の写真だ。それも海やその近くの岩肌を移した程度の物がほとんどなのだが、しかしその写真達も枚数が増えればヒントになる。我々、新聞部の調査では、その写真が撮られたのは痛みや菌の生え方などの痛み具合から、およそ第二次世界大戦後20から30年だと予想されたのだが、その情報と写真に撮られた露出する岩肌の種類、海の潮の形、太陽の向きからおよその島を特定した」


「それが極刑島だったと?」


「いや、無論候補は10以上あった」

そこらの中小企業よりも固有資産の多い新聞部でも流石にそれ以上には絞れないようだった。だからこそ、香永遠はそれを証拠とは呼ばなかったようだ。


「しかし、私はその候補に極刑島が入った時点でそこだと思ったのだ。現代地図にはその姿形さえ消された島、そしてこのミノタウロス。現実はいつの時もこう言った偶然の結び付きの先にある。直感が、私の記者としての直感が言っているんだ、改めて」


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