中間回答5
…
16時になる。次第に迷宮は動き始める。縄を絶対に離さない様に意識しながら、首をゆっくり上に向ける。揺れる縄。手、首。上を向く。
迷宮の床は引っかかっている縄を引き連れて、動き始める。ギリギリと急ぐ訳でも無く、土埃を弱く立てながら動く。
5分。迷宮の動きはそれだけ続く。何者でもない何かに見つからない様に僕らは息を潜める。
機軸の動きによって、壁は上下動する。動きを見つめる。実際にはほぼ真っ暗な上、何を見ようとも上手くは見えなかったが、反響から形を聞き続ける。穴の中は螺旋階段で聴いた時よりも迷宮内の音を更に深く沈む様に感じさせる。
やがて迷宮は止まる。途端に揺れは無くなり、音も消え、静かになる。赤ん坊が急に泣くのを終えた時みたいな気の抜けない安堵を皮膚の下に感じて、流され下唇で味わう。
「上がろうか」
怪盗は軽く言う。僕は彼がなんと言ったのかぼんやりと聞き逃したが、行動を真似て、縄を引き始める。
5分間ほど空中で生きていたから、体を動かすとなると随分と動きが悪い。目の前では軽やかに怪盗が登る登る。焦ろうとするが、焦らない様に腕の筋だけに熱を帯びてじっくり登る。
数十秒格闘して、迷宮の床に手をかける。グッと体を引き寄せて上に上がる。体を上げ切った所で、バタリと体は床に倒れ込んだ。
「お前は余裕そうだな……」
上を向く視界に、悠然と立つ怪盗が映る。僕を見て、笑う。
「君は余裕が無さそうだね」
怪盗の要らない小言を聞き流しながら、大きく息をして、肺へ、頭へ酸素を大量に流し込む。
中間回答、鳩野和々の言葉を思い出す。
……
穴に入る前。
迷宮の最も外側。15時と30分程。4名はそこに到着して、穴の前で一段落をつける。鳩野和々の先程の三つの理由を聞いて腹は括った。縄はやけに触覚を鋭敏にする。
「私の中間回答。その答えを君らに教える。協力してくれると言ってくれたからな」
横目で確かめながら僕の弱いところを探す様な視線。言葉は打って変わって元通り無表情で。
「京介、私達2人は迷宮の中を探索するにあたって、その構造の解明を一番の目的として動いていた。結果としては、先程私が説明した通り、君も気がついた通り、迷宮の1時間毎の動きの大方を理解する事ができた」
「我々が利用すべくはこの知識のみだ」
「知識を利用すると言っても何を使う。その物理的な動きを理解できたけれど、法則性でも無ければ迷宮を探索する上では利用するにも難しいところじゃ無いか?」
「いや、動きが分かれば十分。穴と不思議な壁があれば」
「不思議な壁?」
「そう、もう今は穴の先に見えるあの壁で手で触れる事は出来ないが。改めて、我々は午前中の段階からこの外側へ向かう事が簡易に出来る方角を発見していた」
言いながら、ある方向を指で指す。東の方角である。
「螺旋階段から迷宮に入り、東へ進めば自ずからここへ辿り着く。外を目指そうと思えば絶対にそうなっている、何故か」
「そして、そこにどの時間帯にも存在するのが、不思議な壁だった。行く道の形はコロコロと時間毎に変化するのに、ある一枚の壁は動かなかった。『動かない壁』、『簡単な流路』これは偶然かな」
「それを調べると言うのが目的なのか。最も、壁の中を調べる事が出来ないから、そこが謎だと言っているのだろうけれど。入れなければ、調べる事は出来まい?」
「いや、調べる事が出来る。その君らの腰に巻かれている縄を使ってな」
「まさか、縄で穴を降りるって?」
「そう言う事だ。問題はこの壁しかない迷宮で、どこを縄の軸にするかが問題だった訳だ。機材も無く安全な穴を開ける事は叶わないだろうしな」
「けれど、迷宮は床と壁の間に隙間がある。螺旋階段を中心に縄をその隙間に通していけば良い」
「なるほど降りてからの事は分かった。それでどうする、宙吊りのままじゃ僕らはただの愚者そのものだ」
「問題ない。時がくれば、床は15度移動する。その動きに合わせて床に引っかかっている縄ごと移動出来る。移動が終われば、上がって先の事を調べてくれれば良い」
簡単に鳩野和々は言い終える。
「今は君達はただ待っていてくれれば良い、諸々の準備は我々で行う。その後はただ吉報を期待しているよ」
回想、終わり。




