鳩野問う13
…
「何か分かったのか」
なるほどと理解を口に出すワワさんに対して、僕は言葉を返す。未だ暗闇の中に沈み込むその表情を僕が受け取る事は無い。向こうからは見えているのか未知な事がその時、頭に巡って、目線を泳がせる。
「ふむ、使えるかも知れない。予想が正しければ、明らかな未知に巡り合えるかも知れない、この気づきは鍵だ」
何が分かったのか。僕は未だ一つの到達点にも達している気がしていない。迷宮の中を見て回ったに過ぎず、何が理解出来ていないのかさえ理解出来ないと言った、勉学に励む上でのスタートライン以下のような段階だ。
彼女が何を見ていたのか、何をしていたのか。
「もっと強い光源を持ってきていたなら、すぐに気がつけたかもしれないが」
「君がネズミを隅に見たと言った時に改めて思い至れたよ。そもそも、この迷宮の壁が機軸によって部分的に上下動する事によって、その形を変容させているという事実を分かっていたのに」
「ネズミ」
「そう、ネズミだ。黒い齧歯類のあのネズミ。君はこの迷宮の隅でその黒い生き物を見たのだろう。いや、見えたのだろう」
「見えた、確かに見えたが。それがどうかしたのか?」
「隅だから、あまりその暗さに気を配る事は無かったかも知れない。ライトを所持でいても、隅をよく観察する時間を取れない状況だった。でも君の視線は私の白のスニーカーへ向かった。君は隅にあったスニーカーとネズミを見た、暗闇にしゃがみ込んだ私と目など合わせなかった」
「だから、そうか。君が言いたい事は隅は他より少しばかり明るいという事か」
「そうだ、黒い生き物が蠢いている事が確認できる程度には明るい。人がそこに潜んでいても見えない程度なのに」
「何故か。ひとえに、隙間が空いているからだ。壁の奥にある通路空間の光が弱い光をこちらに向けられてぼんやりとあるのだ。迷宮の壁は上下動を行う、であるならば壁だけが床を残して動く機構がそこにある筈」
「壁は床と一体では無いと」
接触点が無い、とまではその時点では言えないかっただろう。べたっと壁が床に付いていたとしてもおかしくは無い。ただ、この迷宮は違った、3センチ程の高さの隙間がその間にある。
その条件では、隙間があるとはまだ言えそうも無い推理だったろう。床に穴が空いていて、高さ以上の壁が床に差し込まれているなら、接着がなされてはいないし、隙間も無い。
事実あった。製作者の意図は後で考えるとして、今はこの隙間の有に言及しなければ。
「床付近に隙間がある。ここから何を語ると言うのかまだ分からないけれど」
「それは京介がちゃんと地図を見ていないからだ。地図、唯一の事実であり、情報を精査していないから分からない事がある」
ワワさんはそう言うと、地図を僕の方へ差し向ける。9時から3時間分の地図。香永遠の手にかかって清書が為されたそれは改めて見易く、分かりやすい。
9時から見る。この時間は入り口から出口までの道順が書かれてあり、どこで曲がり、どこで内側に入り、どこで外側に歩くかが明瞭に示されている。迷路のゴールが一本線で描かれている部分に加えて、多少中心の螺旋階段地点から円形に地図が埋められている。されど、自由探索が混ざろうとも答えの道は明白で、誰が見てもこの迷宮を抜け出す事は容易だろう。
そして10時及び11時。自分が記した道が紙に載っている。円形の迷宮の中を、片や一直線に壁を目指している大学生達、片や中心から事細かに構造を記そうとする男2人、改めて道筋が映る。
決まりもなく行った探索、時間のごとの地図を色々な角度から見ようとするが一向に何かが見える事は無い。
「京介、一枚で見るべきでは無い。折角、蓄積させた情報なんだ。ちゃんと見比べて、動いているそれを見つけてくれ」
ワワさんはそう言う。僕はそれを聞いて、自分の考えをまっさらにして、地図の連続を意識する。敢えて、それを意識させる意味を探る。
「迷宮は壁から形成され、円形に24の道で構成されている。それぞれ、壁によって道は分断されているが、大まかにはそうなっているんだな」
「そうだ、同心に対して24の円で迷宮は構成されている。それが動いている」
「壁が動いている、いや上下していると言ったか。であれば動いているという表現は少しズレている感があるが」
「いや、動いているんだ。よく見てくれ」
僕は更によく見比べる。3枚の紙を重ねて、パラパラとアニメーションを見るみたいに。
「なるほど、そういう事か。動いているとは」
僕はワワさんに遅れをとってようやく、気がついた。




