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鳩野問う12



 鳩野和々はかなりの速さで地図を記していく。流石に未経験者二人組で行ってよりも余程手慣れた速さである。指示出しも無駄がなく、僕はそれに対して呼応し動くのみでこと足りる。


「ここの穴をよく記しておいてくれ」

 迷宮の床には穴が空いている。扇形に迷宮の内部よりも余程真っ暗闇がその穴の中に広がり、落ちる事を想起してしまった時には怖気立つ。


「しかし、何度もこの建物の中に行ったり来たりしているけれど、慣れないものだな」

 軽口を挟んで、暗い雰囲気を和ませようと試みる。目の前の女子大生は僕の事は見ない。こちらと言えば、その姿を見て暗い中に唯一明るく見える白い彼女のスニーカーに目を奪われる。


「……白いスニーカーなんて履いてきて大丈夫なのか。汚れても良い靴で来るべきだったんじゃ?」

 鳩野和々はこちらに振り返る。柔和で、表情を持たない顔を向ける。


「設計としては特に不十分のないウォーキング、ランニング使用可の運動用シューズだ。君が白い色を気にしているのなら、私的な問題はない、白が好きなんだ。最初から黒を選ぶよりは薄汚れた白を選ぶ程度にはな」


「けれど汚れて仕舞えば替える必要が出てくるだろう、そこまでしなくとも洗う程度の手間は欠ける事なくかける筈だ」

 僕がここまで言ったところで、鳩野和々は自分の靴を一度見て、二度目に足を上げて確認する。


「あまり履いていない靴だったんだが、もうこれ程汚れてしまったか」


「気に入っていたのかい?」


「いや、特別気に入っていたという事は無い。特別気に入っていなかったという訳でも無いが。見かけ上はほぼ新品と大差は無かったのだが、この建物は随分と生き物は通らないらしい」


「壁の隅を走るネズミは見たけれど、まぁその程度の大きさの哺乳類の動きは考慮に入れなくても良いか、屋根裏にネズミが走り回ろうとも埃は積もっているものだし」


「迷宮内を人が歩く事は無かったのだろうな」


「そういう事だろう。ここを歩くには基本的に時間別の地図が必要になるけれど、だとすれば島の住人が外出するとなると、その時間に限定される。それ以外の道に塵が積もるのは変な事ではない」


「変な事ではない、か」

 鳩野和々は僕の言葉に引っかかったように、考え込む。何か変な事を言っただろうか。僕は自分の言葉をもう一度考え直す。至って、普通の判断な気がするけれど。


「何か変だったか?」


「いや、京介の言葉に変な部分を見出した訳じゃ無いんだ。だが、不思議に思った事があったんだ」


「不思議に思った事?」


「不思議、いやそうなんだろうな」

 言葉の端を濁しながら、鳩野和々は壁に近づく。そこにしゃがみ込む。真っ暗な迷宮内では隅でその行動を取るだけで、暗闇の中に体が全て沈む。墨汁の中に体を落とすように。消えたような錯覚。


 何をしているのか。落とし物でもしたか、勿論ネズミを探しているのでは無いのだろう、ネズミであれば笛を吹けば良い、笛で蛇が出るのが通説かも知れないが、ここに居るのは牛だ。彼女は牛を、牛人を探している。


 純粋に彼女の行動を見なければならない。ミノタウロスを探す以外に目的は無い。少なくとも彼女からはそう言ったものを感じる。


 鳩野和々はしゃがんでいる。膝から折れ曲がって小さく体を縮こまらせている。何故、自分はそう思っているのか。彼女の履いている白いスニーカーが暗闇の中に弱く光を反射してぼんやり光っている。


 スニーカーを中心として、姿がほんの少しだけ見えている。その影響で彼女がそこにしゃがみ込んでいるのが頭で理解できているのだ。


 真っ暗な中に白だけが映る。


「なるほど」明快な一言。理解出来たのは僕ではなく、ワワさんだった。



 


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