鳩野問う6
…
催馬楽古学。歴史研究家。
「古学さん……とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「あぁ、それで構いません。私は君を浮向君と呼ばせてもらいますかな」
「僕も構いません」
呼び名の確認。後、やや間が空く。
「……胡散臭いでしょう、歴史研究家というのは」
「……いえ、その様には思いませんでした。あなたの役職名において確かに疑問を一つ思い浮かべはしましたが、そういう風な印象を持った訳ではありません」
「ほう、そうですか。参考までに聞かせてもらうと、その疑問とはなんですかな?」
紳士の聞き問いに僕は一瞬弱くたじろぐ。自分で振った話であるが、疑問を聞き返されると、自身の疑問を相手に伝える事に抵抗が生まれる。気に障る疑問である可能性を沸々と浮かし作る。悩み、だがそれを見えない程度に素早く返答する。
「歴史研究家、そこに疑問があります。そう、歴史研究家というのは歴史学者では無いのかと思った位です」
「あぁ、そうですな。なるほど、鋭い指摘だ」
コホンと紳士は一つ咳払いをする。間をとるようなその仕草は汚らしさは無く、自然と会話に溶け込む。
「歴史学者と歴史研究家、些細な違いでしょうに、変なところに気がつきなさる」
「すみません……」
「いやいや、君が謝る事では無いのですよ。ただ、驚いたというか深い関心を思ったに過ぎないのです。そう言った微細を気になってこその職業というものは過分にある、ただそう言った人物程、仕事上は疎まれたりという事があります。故に珍しい」
「少なからずあるでしょうね、僕がそうだと断定する訳ではありませんが」
「……そうですな、人を断定するのは良くない。しかしながら、良くないと思っていてもやってしまう。あまりにも時間によってそういった意識は喪失されやす過ぎる、だがそれでいて人が歴史上淘汰しなかった稀有な意識でもある」
「断定をする事は悪い事では無いという事でしょう。人はそうやって、物事に偏見をつけて怪我をしないように危険を察知する能力を得たのでは無いですか?」
「良い知見ですな。まぁ、そういった思い込みで相手を小さく見積もってしまう事もあるのは、また別の意識という事なのでしょうが」
「それでも人はここまで生きている」
紳士はここで口の上の髭を指で摘んで触る。僕はそれに釣られて、手持ち無沙汰な体を動かし、足はやや開かせ、手は顎を撫でるように触らせる。
「歴史研究家の話でしたな」
「話してくださるので?」
「隠すような事でも無いですからな。少なくとも私はそう思っているという事ですが、だがだからこそそれで疑われる様なら私はあなた方との交流を控えるだけですよ。年寄りは年寄りらしく自分の方法を模索するだけですから」
「歴史研究家、それに対して。広義的には、歴史学者というのは歴史的な資料や文献などから歴史を探究する者の事を指します。並べて、似た様な役職名に考古学者というものも存在するでしょう?」
「はい」
「歴史学者が資料、文献などから探究するのに対して。考古学者というものは遺跡、遺物などから歴史を追求する者の事を指します」
「なるほど、であるならば。敢えてその二つを挙げ連ねるという事は、その二つでは無いという事ですか?」
「いや、それも違う。私は歴史学者でも、考古学者でも無い、けれど彼らと何か違った事をしているのかと問われれば答えは曖昧模糊と化す。どちらでもあり、どちらでも無い存在を指している」
「それがあなたの中の歴史研究家という事ですか」
「纏めればそういう事ですな。ふむ、物分かりが良い……いやこの場合は諦めが早いと言うべきか、理解を簡潔に済ませる性分なのか」
「諦めは早い方です。何事につけて諦める事を模索している位です」
「諦めに良し悪しはありません。少なくとも私が調べた文献には、諦める事も、諦めが悪い事も、どちらの一長一短に述べられていた。この問題は人間が絶滅でもしない限り永遠の議論テーマの一つになるでしょう」
「永遠ですか」
「永遠です。断定しますよ、これは歴史なのですから」
紳士は整髪料によって整えられた髪を少しだけ撫でる。無香料と銘打っているのに独特の匂いがする整髪料の匂いがする。整えられた男の匂い。腕を上げたので、衣服の匂いも流れてくる、こちらは先程とは変わって香料のついた消臭剤か、洗剤、柔軟剤のどれらかの匂いがした。




