鳩野問う5
…
鳩野和々は僕から地図へと意識を戻す。僕は彼女の顔をパチリと見て、その変容をまざまざと見納める。他人とのコミュニケーションをおよそ得意とはしていないだろう彼女の気遣いの賜物が、そのタイミングでスパッと消え失せている、遮二無二、自己の世界に逃げる様に。
そんな様子が徐々に彼女から見透けてきて、このタイミングで会話を続ける事は可哀想に思えた。
取り繕う意思がそこに感じられるのが、殊更気持ちを強める。
食堂にある時計盤は12時20分を示す。
9時から数えて、3度の調査を僕らは行った。9時、地図が存在する正しい通り道の情報、そして再び新聞部の2人が迷宮で行った通り道では無い場所の調査。10時、怪盗と僕が合流した、それ故にそれ以降と以前では地図の出来具合にも変化が生じる。
単純に2倍の人員なのだから進みが違う事は無論その通りだった。加えて、意外な差というかだけれど、僕らのグループが行った調査と、新聞部の彼女らが行った調査では、その地図の出来方にも違いがあった。勿論、地図作りの技能が備わっている香永遠とのクオリティの差を除いてという意味だけれど。
12時の段階で一度、パラっと地図は確認した。それだけでも違いは顕著に見られた。
迷宮の中央に存在する螺旋階段。そこから道を見ると左右に分かれる。そこを新聞部の女子大生達は左へと進み、僕と怪盗の不審者組は右へ進んだ。
地図は我々2組の行く道を事細かに記す。各々が行った調査における単純な流路というだけでは無く、行動の意味合いが浮かんで来ている。これは性格と言うのか、目的というのか、同じ作業を行なっているはずなのに違いが出る。
不審者組の進んだ道は、スタートの螺旋階段を中心として右側方向へ、光を照らした様に近くの道を丁寧に踏み締める様な地図になっている。目的として隈なくの捜索が要求されていると感じたからだ。加えて、目処も立たない僕らは迷宮を調査するにおいて、心理的に出来る限り中央の螺旋階段から離れる事を拒んでいたというところもあった。
対して、新聞部の進んだ道は、一本線で迷いなく、出てきた道を更に奥へ、更に奥へと進んでいった様な形になっている。1時間、早めに調査を行なって来た事による慣れの差であるのか、奥へ進む事を僕らの様には躊躇した様には見られなかった。出来る限り外側の壁に抜ける道を探している動きをしている、実際的には、ここから脱出したい人間の動きに近いと思われる。
もう一組の動きの意味は知らない、そういう動機があったのかも。ただ、どちらの方が正しいかなどはここで議論する事では無いだろうけれど、少なくとも鳩野和々に1時間毎の再集合時に、僕らの調査方法への指摘がなされなかった事を考えると、間違いでは無いのだろう。
およそ、彼女達も手探り感があるのだ。ただでさえ、短時間で且つ、無駄を省く事が難しい調査である為にそれを避けられないのは事実である。
「少しいいかな、浮向京介と呼ばれていた方よ」
僕に声がかけられる。
「はい」と言って、声の方向に体を向ける。そこには紳士が立っていた。名前は知らないから、そういう風に人を見た目で判断しただけの呼び名を使う。
「突然、声をかけて申し訳ない。およそ、見る限りこの中で唯一、声をかける事が憚られない様な素振りが見受けられたので、声をかけさせてもらいました」
「考え事をしていたのなら謝ります」
中年、4,50代程の年齢、やや顔に皺が寄る男性。年齢のイメージよりは線が細く、それでいて引き締まっている体を持っている。怪盗にも似た様な感想を思った記憶があるけれど、怪盗よりも年齢を考慮した使える体の手入れを行なっている事が見受けられる。
シャツとジャケットを羽織り洋装をしているが、和風の顔立ちを持っており、紳士と言えど英国紳士のそれではなく、サラリーマン的な紳士それか歴戦の警察にもピタリとはまる。
「いえ、特に問題はありません。僕に答えられる事は多くは無いかも知れませんが何なりと」
彼が紳士の姿の格式を持って為か、なんだか少しばかり警察に取り調べを受ける前のような受け答えをしてしまう。
「では少しばかり」
僕はやや新聞部達の側から離れた位置に移動して、その動きを見て紳士もまたその位置に移動する。
「まずは名乗りからするのが礼儀というものですな。私は催馬楽古学、歴史研究家をやらせてもらっている者です」




