鳩野問う4
…
「想う男と、重い病の女。そんな状態だから、横入りするも、邪魔するももう何も無いだろう。1人の青年の思いを理解する他人としては」
「……ほんの2日など」
青年の1人の思いを理解する他人か。しみじみとそういう風に自分と青年との間にある距離と無意味さと、ロマンを怪盗は語る。
そう言う表現をすれば、彼を理解していると言う条件に当てはまる人間は他にも居るのだろうか。例えば、春花車菊花、あの医者は彼のその恋心を知っていたのだろうか。
ふと、彼女の気持ちも聞きたくなる。不謹慎ながらも、何事にも笑顔を持ち得る青年の心のうちを。
「いや……なるほどそう言う事だったのか。趣味がいいとは僕は思わないな、浪漫怪盗」
やれやれと言った態度を僕は取りつつ、途端そんな言葉を怪盗に投げかける。怪盗は僕のそんな言葉に少しばかりに口角を上げる。
「趣味がいいとは思わない、か。俺の気持ちを想像できるのなら、それはもう同罪だろうと思うがな」
「同罪とは言いがかりも甚だしいぜ」
「けれど、少なくとも君に責められる筋合いは無いだろうけれど。加えて、それは過去の話ですでに決着し、失敗に終わっている。勘の良い誰かさんのせいでな」
「春花車菊花さんの部屋の前に現れた理由はやはりそうなのか。重ねて言うが、趣味が悪いんじゃ無いのか、素直に聞くならともかくとして、青年の姿形、声、動きまで全て模倣してと言うのは」
「話は上手い事進めるつもりだったよ。キズキ青年の姿をして、彼の言いそうな言葉で彼女との距離感に探りを入れつつ、彼の行いそうな態度で彼女から話を引き出すつもりだった」
「信じられないな」
「信じてくれなくても構わないよ。京介が信じるか、信じないかに関せず俺は俺の行動をとるだけだ」
「それはそうだろうが……」
もどかしく、会話のここぞと言うタイミングで関係の梯子を外してくる。僕もそんな会話の流れになったので、窓を閉めて外を見やるのを止める。
ここで怪盗と問答を行ったとしてもこれ以上のメリットは無いように思えたからだ。僕の今の目的は出来る限りミノタウロス探しに尽力し、そして安らかに眠る事にこそある。
それ以外は気にしなくても良いのだ。昔から、枠付けず何事にも野暮な興味を抱く性格のせいで、今日も怪盗に振り回されるが、冷静に考えれば、彼に関わる必要がある訳では無いではないか。こうなってしまった以上、僕の仕事は怪盗が出来る限り新聞部と関わらないようにする事なるだろうから。
と、1人合点する。
「香女史。この地図は君が描いたのかい?」
言葉と共にふわりと怪盗が動く。
僕の仕事は怪盗が新聞部と関わらないようにする事なのだ。思考を反復する。食卓の上に乗っかって、香永遠に対して話しかけている怪盗を網膜に焼き付けて、思考は巡って動き出しきれず。
「……はい」
極めて小声で、香永遠は返答する。僕はその小さくなった肩を見て、怪盗を止めようとしたが未だ立ちすくむ。
「そうか、そうなのか。これは凄い。随分と綺麗な地図が出来上がっているじゃないか。素人のそれでは決して見えない。俺も先程経験したから理解できる。大学ではその方面の教授に師事しているのか?」
「いえ、私が通っている学部は生物学が専門です。ですので、そうですね、言い方によればそれは独学だと言えると思います」
「ほう、それは重ねて凄いことではないか。俺は地理学などは全く持って門外漢だから、そのように正確な地図は描くことはやはり出来ないだろう」
「そんな事はありませんよ。方法を理解し、道具を使いこなせれば、かなり早いスピードで綺麗な製図が出来るようになると思いますよ」
なんだか、上手く会話をしている。邪魔をするにはあまりにも普通すぎるほどにただのキャッチボールが続いている。
僕は食卓を小走りで大きく回り、鳩野和々に話しかける。
「いいのか?」
「何がだ?」
「だから、そう、怪盗だよ。やつをこれ以上、この調査に関わらせるのかと言う意味だ」
鳩野和々は少し考える風をする。目線、顔を少し上に上げて、あからさまに。
「ふむ、正直に言えば、別に構わないと私は思っている。永遠は基本的には人と極力話そうとはしないが、彼を特別嫌がる様子は見られないし、調査においても、少なからず力を貸してくれている」
「君が良いなら僕は気にしないのだが」
「京介の言わんとする事は分かる。見ず知らずどころか明らかに普通ではない怪盗を自認する男。はっきり言って近づくのも憚られよう」
「ならば何故?」
「時間が問題だからだ。3泊4日、4日目の朝にはすぐにここを発つスケジュールだから、実質的な時間は3日だ。永遠は新聞部において、有数の製図能力を持ってはいるが、それでも1時間に一度変化する迷宮を描き終えるには相応の時間がかかる」
「無論、この期間に書き終えるつもりなどは無いが、その上でまだこのような総当たりの製図を行うのは、少しでもヒントが欲しいからだ。例え、怪しげな怪盗の手を借りたとしても」
鳩野和々はこちらを振り向く事はない。一心に地図に向かいつつ、こちらには言葉だけを返す。
「君には感謝している。同輩の小鳥からのお墨付きを貰っている君の存在はかなり我々の中では大きい。怪盗を内側にこんな風に速やかに受け入れたのも勿論、君の存在あってだ」
「…………」
「お世辞では無いよ。そう言うものを私に求めるのはよしてくれ、得意ではないのだ」
「いやいや、過分の評価に応えられる位には頑張るつもりだけれど、そう、怪盗の事も含めてね」
僕はそう言う言葉を口にする。今晩、自分は極刑に処されると言うのに、そんな約束をする。ちらっと僕は嫌な胸中の重量を感じて、ワワさんへとぎこちない明るい表情を向ける。




