鳩野問う2
…
2本の塔。城から突き出た部分。その片方を怪盗は不可解な胡乱さを孕んで目で見つめる。
「キズキ青年のロマン、それを深く話す事は俺みたいな浪漫怪盗には難しい。だから、深く聞きたかったら本人に聞いて欲しい。俺は、俺が伝えられる表層に映る彼自身を語る」
「彼が、この島に来たのは約7年前」
「7年前といえば、かの伝説的行為から数年の期間を経た後。かの伝説の殺し屋、弱座切落が政界、財界、宗教、諸々。それらの悪意ある癒着を全て切り落としたその後。良くも悪くも、今までの体制が崩れる時代」
「内側の癌を摘出した後、体がその身を元の状態に戻すタイミング、毒はなくとも、倒れる可能性を不安と安寧をごちゃ混ぜにした時」
「唯一の一強の政治派閥の歯金派が鳴りを潜めたりしたのもその頃だった」
「古めかしい記憶だが、うん。懐かしいな、そんな事もあった」
「旧体制の打倒の機運は高まり、過去を打ち砕く変革派が大いに盛り上がった。大学などは校内での政治変革に寄与する運動が多く勃発したし、荒波は高校、中学と年代さえ引き下げて、拐いにさらった」
「始まりは全てたった1人の伝説によって。そうだったろう、京介?」
「…………あぁ、そうだった」
伝説の殺し屋・弱座切落。この世の全てを切ることが出来ると噂される、生ける伝説。
「同年、そんな動乱の時代に終わりが見え始め、振幅が小さくなっていった時期。空いたスペースを埋める様に、新たな力を持つ者が顔を出し始めた。旧体制とは顔貌の全く違った、清潔な若さある台頭者」
「だがしかし、彼らは非道にかつての悪から脱却を更に試みた。新たな時代は昔を忘れる様に過去を切り捨てていった。まるで体の壊死した部分を置いていく様に」
怪盗はこの国の過去を語る。その時代を自身に憑依させて、悲哀と好奇を同時に住まわせた顔をしながら。
「キズキ青年はその時代の被害者だ。かつての社会を懸命に動かしていた歯車の1人であった彼の父は、台頭者達の機運と新たな形を求めた人々の荒波を越えることは出来なかった」
「彼の父は社会から過去として切り落とされた。過去への寄与が大きければ大きい程、鮮烈な程に非情に切り落とされた」
「切り落とされたか、ただ働いていただけの父親だったのか?」
「さぁ、分からない。キズキ青年が、キズキ少年だった時の話だから、殆どの子供がそうであった様に、その年頃に親の職業など知らない事など珍しくはない」
「しかし、彼の父親が本当の悪であれ、ただの過去であれ、社会は不当に彼の首を切り落とす選択をした」
「伝説の所為にでもしようとしているのか?」
「いや、それだけは無いね。俺は癒着が見え見えで隠そうともしなくなっていた過去が大嫌いだったからね。過去との決別という意味では弱座切落の行動はやはり伝説的だったと俺も思う」
「けれど、社会というのは伝説ほど独善的では無い。それが持つ浄化のシステムは時世を汲み取り、簡単に悪を濾過するものだ」
「所詮、社会は凡人が作り上げるもので、その真似事は伝説とはかけ離れたものだ、という事だろう」
「それでキズキ青年の父親はどうなったんだ」
「消えた」
「それはどう言う意味で、本当に?」
「知らない、けれどキズキ青年はそう語っていた。しかし、それが人知れずの場所で飛び降りを行っていたとしても、ある密室で窒息をしていたとしても、夜逃げをしたという意味でも、彼の前では『消えた』という事なのだ」
キズキ青年。齢は20歳。7年前ともなれば未だ、小学生を少し超えたくらいの年齢である。彼の父親はその未熟な少年を残して『消えた』。
「京介。俺は自分の子供よりも、自分の辛さを優先してしまった1人の人間を悪いとは此処では断定する必要が無いから言わないけれど」
「キズキ少年はその歳で1人になったのだ。天涯孤独の身に。1人っきりに」
1人っきりに。軽い、怪盗の言葉はその重さを忘れさせるほど、感情が込められていなかった。キズキ青年の重みを自分が真似する事をどう言うことか理解しているのか、分かったふうに。
「それで、彼がここへ流れ着いた、というか彼が流れ着くに至った行動原理とやらは一体何なんだ」
「父親が死んで、1人になって、動けなくなってキズキ青年は何を覚えた」
「1人の少年は舟を漕ぐ。一艘の小さな舟を。絶対に辿り着く事がない、海流と迷宮を越える奇跡の軌跡。極刑の城に住みいる1人の少年は1人、何を思ったのだろう」
「その答えは簡単だ。少年は恋をした、そして青年は恋をしている」
ロマンチックに怪盗は語る。




