浪漫怪盗10
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浪漫怪盗、目的、四罪ヶ楽。
簡略に見てみれば、ヘミングウェイの『売ります、赤ん坊の靴、未使用』のような構成に纏められるけれど。比較するまでもなく、それは月とスッポン、じわじわと震えてくる様な情動の儚さも、苛烈さもそれは持たない。
けれど、浪漫怪盗はまたも笑う。そんな身近にある刹那を切り取ったヘミングウェイを嘲笑う様に、さも自分の浪漫がそれを越えんと思い込む様に。
「目的『四罪ヶ楽』とは何を意味しているんだ?」
「これはこれは、また御惚けなすって京介。四罪ヶ楽の事を何も知らない訳でもあるまいに」
知らない訳ではない。がしかし、盗人が態々彼の居住地にまで押し入って盗んでいくものなど、少なくとも僕は知らない。
まぁ、でもだけれど、極刑屋が数多くの歴史的な転換を生む様な偉人の極刑を行なっていたとするならば、それに影響して彼に莫大な資産が流れ込んでいる事は予想できる。
誰にでも出来る仕事では無いはずで、それ故に報酬は想像さえつける事は出来ない。
しかし、それでも割に合わないと思う。四罪ヶ楽の城に潜り込むのは。
「金品の奪取って言う話では無いのだろう?」
「それはそうだね。四罪ヶ楽王断はそうそう甘い人間では無い。盗む事において、俺と言う人間にかかれば出来ない事は無いけれど、帰りには宝を胸に抱いた骸になっている。確実に」
怪盗は語る。迷宮の暗闇に進み、ゆっくりと内部の構造を見て回る。僕は彼の背中を追う、華奢なその線を捉えきれず。
「京介、知ってるか?……四罪ヶ楽王断は強力な人物だった。国家の闇を引き受ける男、伝説の人斬りと並んで語られる事もある1人だ」
「それは知っている。知らない訳がないだろう。知っているからこそ、僕は彼に殺される為にここへ来たんだ」
「お前は中々贅沢な奴だな、改めて。自分の死の為の舞台設営に余念がないな、本当に。残念な事に、けれど結果として居なかった訳だが」
「お前は知っていたのか、四罪ヶ楽王断がここに既に存在していないという事実を」
「知らなかった、全く。と言うか彼の在島状況なんて調べるも無く、常に在りで予定していたさ。ただ、俺もそれ以外に関して、四罪ヶ楽王断の周りに関してまで何も調べない程、夢を軽んじたりはしないし、そして言うまでもなく現実もロマンだと認識している」
「でもだからこそ、この俺よりもそれについて知っている事がある人間というのは途轍もない調査を行なっているか、それか特殊なルートを確保しているのだろう、そう確信出来る」
「なるほど」
まぁ、ここへ来るに際してマトモに調査を行わなかった人間という方が少ないだろうけれど。上陸するのはともかくとして、帰島するまでを考慮するなら。何が起こっても、各々生き延びるだけの準備を要したはずだ。
「しかし、京介。四罪ヶ楽王断は居ない。奇しくも、こんな大々的なツアーまで打ち立てるタイミングで」
「それは良い。良いタイミングとして放っておいて良い。四罪ヶ楽王断が居ないと言うのならば、後は怪盗として盗むだけだ」
「金品ではない、モノをか?」
「俺は泥棒では無く怪盗だ、そして何より浪漫怪盗だ。俺には莫大なカラット数の玉石混交よりも己の金科玉条を守る方が先決だ」
「一体何だと言うのだ、それは。お前は何にそれ程までのロマンを見ている」
怪盗は笑う。
「『四罪ヶ楽』とそう言っているじゃないか。俺は勿体ぶったりはしない。ストレートにロマンを伝える。大きな野望よりも、小さな夢を思う、怪盗。それはそう言うものだろう」
また怪盗は笑う。後ろの背中だけが僕には見える訳で、その表情を僕が掴む事は無いけれど、確かに彼は音だけで笑っていて、顔は歪む。また別の誰かになる様に次第に落ち着いて、無くなる。
「分かれ道が見えた。京介、ここにライトを当ててくれ」
振り向く彼はパキリとした美男子だった。時間的に前後ともにその同じ顔で、でもそれが繋がっていない怪盗。
濁った言葉で最後まで彼は自分の姿を捉えさせる事は無い。




