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浪漫怪盗1


15

 扉を押し開けて、後ろ手に閉める。廊下に出ると、そこには1人の青年が立っていた。キズキ青年は僕の顔を見ると、いつもの様ににこやかに微笑む。


 彼はいつも通りのいい笑顔だ。僕もああいった風な自然で、人を惹きつける様な表情が出来たら違っていただろうか。うん、いや何も変わらないか。


 僕の変な所での楽観性が発動する。マイナス方向に溌剌はつらつに全力前進。これでこそ、僕の思考回路だ。


 いつのまにか、この旅始まってからの色々によって真面目が前面に出ていたけれど、自殺計画が立った以上良いではないか、いではないか。帯だろうが、襷だろうが、首を吊るには余分は無いのだ。


「どうしたんだい、春花車菊花さんに用だったかな?」

 出てすぐのところにこじんまりとして立っているキズキ青年に対して僕は話しかける。


「そう言う訳では無いのですけれど。いえ、菊花さんに話が無い訳でも無いのですけれど。どちらかと言えば、ただ通りがけに見た知り合いの部屋の中に訪問者が居たものですから、少しばかり気になっていただけなのです。すみません」


 なるほど、そう言う理由か。納得する僕に対して深々と頭を下げているキズキ青年。程よく背が高く、凛々しく、整った顔立ちに、服越しからでも分かるバランス良く付けられた筋肉。ある意味では普通の青年と取られかねない様な、改めて悪い所が見当たらない彼である。

 

「いや、構わないよ。僕の話はもう終わった所だから、自由な時間を謳歌している所だ。キズキ君はこれからも仕事が残っているかい?」


「はい、自分はこれから今回使用されなかった部屋の掃除をして回ろうかなと、そう思っている次第です」


「へぇ、感心するな。使っていない部屋も掃除するのかい。それは至って働き者だね」


「いえいえ、皆さんの生活をこの短い期間ですが、整わせる為には、自分は身を粉にして働く所存ですから、なんでも、なんであってもお申し付け下さい」


 なんでもお申し付け下さいとは、また飛び抜けて幅の広い言葉だけれど。あまりそんな事を言われる機会の無い人間なので少し照れる。まるで新人の執事が出来たみたいな気持ちだ。まぁ、実際は僕の執事でも無ければ、その雇い主もこの島には居ないのだけれど。


「キズキ君、君はこの島で生活しているんだよね。その長期間という意味で、定住していると言う意味で」


「はい、自分はこの島で生きさせて貰っています。息をさせて、生かさせて貰っています」


 重い、極刑屋に仕える人間だからこその過重なのかも知れないけれど、許可を得ずとも息くらいしたら良い。少なくとも、僕の知っている限りではどんな人間にも空気の占有は為されていない出来事である筈だけれど。


「えと、君という年齢が幾つかは僕は知り得ないのだけれど、見た所20歳前後だと予想している。人生に普通という尺度があるかは難しい問題だけれど、四罪ヶ楽王断の元で働くというのは少なくとも普通の人が辿るルートでは無さそうだけれど」


「……そうですね、普通では無いだろうと思います。自分は今年で20歳になりますが、他の同級生達は皆、大学に行ったり、本島の就職先で十分なお給金をいただいて生活している所でしょう」


「まぁ、時世的には十分なお給金かは判らないけれど、それなりにはそうだろうね。少額でも貯金して生きていける程度にはお金は貰えているだろう」


「自分にもそう言った生活があったのかなと少し思う事があります。人生の選択に後悔など少しもしていませんけれど、それでも時折そう思う時があります」


「辞めたいとは思わないのかい?」


「全く辞めたいとは思いません」


「それはまたどうして。少しの抵抗もなく、そんな風に言葉が出るのか、後ろ向きに定評のある僕に聞かせて貰いたいな」


「四罪ヶ楽小断、少なくとも、彼女が、小断さんがこの島に生きている限りは自分はこの島から出たいとは思う事はありません」


「本当に?」


「はい、その為に、彼女の為に自分は生きていると言っても過言は有りませんから」


 深い思いだな。不可解なバランスの。


 それでも純情の可憐さは見え隠れする、一途というのものの正直さも。出来ればその本心が、まさしく本人の心から出ている言葉であるならば、僕はその言葉に涙してさえいたかもしれない。大号泣、ボロボロのボロだったかもしれない。


 だが、これ以上は聞いていられない。少しばかり試してやろうかと思ったけれど、ネタバレなんてする気も無さそうであるし、彼への気遣いは此処へ無事に到着してもらった以上、必要不可欠だろう。


 善は急げ。昔の人は良い事を言う。


「で、あまり良い趣味とは言えないと思うが。1人の女の子を純粋に思う男の子を気持ちを他人が代弁するなんて。お前が言う所のロマンはそう言った物なのか?」

「なぁ、どうなんだ。浪漫怪盗?」


 キズキ青年はいつも通りであるにこやかな笑顔から、何かが零れ落ちる様に表情が変化する。笑顔でありながら、彼の持つ特別な温和が無くなる。


「なんだ、バレていたのか。俺の変装には違和感は無かったはずだけれどな」

「ふん、やっぱり。お前は面白いな、自殺志願者(死にたがり)

 キズキ青年の顔でありながら、形でありながら、揃いの悪い体裁、それをそのままに怪盗は笑った。


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