人身牛頭17
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皮骨崩潰。春花車菊花はその病名を恨み言の様に口にする。
「皮骨崩潰、未だ現代の医学では治すことが出来ない病気。所謂、不治の病と言うやつだよ」
「症状は人体の恒常性を保つ機能の阻害。特に、人体における、乾燥と摩耗を大きく引き起こされるのが特徴だ。体液、血液感染が主だが、ウイルス濃度の高い空気中に侵入すれば空気感染し、暴露部位から徐々に体を這い上がって行き、いずれ脳にまで到達し、発症する」
「発症までの日数は?」
「ウイルスの取り込んだ量にもよるが、長くとも1週間、短ければ即座に症状が出る」
「ならばその様な症状であれば、彼女の、その四罪ヶ楽小断の病状に違和感を覚えるのですけれど。あなたはこの病気と長い間戦っている様な口振りに僕は捉えていました」
「あぁ、そこがこの病気、最大の特徴なのだけれどな。先ほど言っただろう、四罪ヶ楽小断、彼女はもうすぐ20歳になると」
「20歳になる事、大人になる事。成人年齢はもう数年前に引き下げられたんだったか。この病気が社会派で無くて本当に助かったよ」
「つまり、年齢がその……発症のトリガーになっていると言う事ですか、本当に?」
「少なくともこの病はその様な特徴を有している。正しく20歳になった瞬間に、病は命を刈りにくる」
「不治の病とは先ほど聞いたけれど、それを遅らせる事は出来ないのですか。それだけでも大きな差異をそこに見出せる気がしますけれど」
「あぁ、出来る。それが出来るからこそ私が未だにこの島に定住していると言える。その病は20歳に命を刈ると先に言ったが、その前にも乾燥や摩耗の症状は出始める、命を奪うほどでは無いが。それによる影響で細胞免疫と自己識別能力は著しく低くなる。そのタイミングで身体の劣化部分を意図的に変更すると言う方法を取れば、可能だ」
「……であれば、彼女の命はまだ伸びるのでは身体の劣化を遅らせていると言うのであれば、それが出来るのであれば」
春花車菊花の目が曇る。苦笑い、口角は変な方向へと曲がる。自分の机の淵に少し触れて、僕の顔を改めて見る。
「君は自分が死ぬと言う事に対しては異常なまでに軽薄なのに、人の生き死にには重荷を背負っている様に真剣になるのだな、だからこそなのかも知れないけれど、ふふ」
「勿論、そのチャンスをギリギリまで掴み取る可能性の為に私がいる。ただし、その可能性は限りなく低いだろう」
「なぜ?」
「生きる理由の問題だよ。延命治療を行えば、その体は元の自分のものとは比べると、恐ろしいものになるだろう事は予想できるからだ。生きてなお、動けないまま、乾燥と自己崩潰の痛みに耐え続け、およそ開発されない完治の手法を待つより、ずっと死ぬ方が楽だと言うのが普通の思考の様に私は思える」
「四罪ヶ楽小断、彼女は父親譲りで強固だ。私と違って。でも、私と同じ様に1人の女なのだ」
「その彼女の世話取を、それをあと2日、務め上げるのが私の仕事なのだよ」
「……説得はしないのですね」
「しないよ、君にしなかった様に。私は限りなく、四罪ヶ楽小断の事を心から思っている、愛と呼べるかもしれない。彼女には元よりそう言った魅力があった。愛らしく、愛おしく、優しく、綺麗だった。それでも説得はしない。私は誰よりも彼女を思っているからこそ、最後まで医者として彼女の意思を尊重するつもりなのだ」
僕はぼんやりと自分の手の中のグラスに視線を下げる。ほとんど中には水が入っていないが、壁面に水滴が残っている。時間が経てば経つほど、下に水は溜まっていき最後の一口を飲めるくらいには溜まりそうだった。
「グラスが空いているな、おかわりは必要かな?」
春花車菊花は酒を煽るような口振りで、水のおかわりを僕に質問する。打って変わっての軽い言葉選びで、僕に投げかける。
「いえ、もう構いません。ここに長居してあなたに迷惑をかけるのは僕としては一番望んでいないので」
「そうか。なら、行ってらっしゃい。また予定が決まれば君に話を伝えよう、内密に。それまではこの島を探検でもすると良い。他の参加者は皆、それが目当てであるくらい、この島には遺物がある。死ぬ前に六文銭くらいなら集めれるかもしれない」
そんな事をいって春花車菊花は笑う。僕もその話を聞いて、頷いてから微笑む。
「そうさせて貰います。ちょっとした仲間が先に探検に出てしまっているので。遅れを取り戻さないといけませんから」
僕は彼女を背に扉へと向かう。
「最後に改めて言わせてくれ。私は、どんなに君が私とは違う死生観を思い描いていたとしても、私は君を尊重し、君の死にたいと言う気持ちを邪魔するつもりは無い事を理解してもらいたい。君が死ぬと言うのなら、私は君を殺すだけだ。徹頭徹尾、終始一貫、極刑屋の一員として、私は君の死を受理した、今日という日を持ってな」
僕は不躾にも、軽く彼女の方を向いて小さく会釈した。遅れて「ありがとうございます」と言葉にしてから扉へと向かう。扉からは朝の風が柔らかく吹き込んでいた。




