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人身牛頭16


 春花車菊花、彼女の表情は自然の花の様に綺麗でありつつ、その様相を変化させる事が少ない。ほぼ初対面の相手に、死にたいと自殺願望を露呈されてなお、その表情を崩さなかったどころか、自分の秘密を共有しても表情は変わらない。


 彼女は人を殺した事がある。少なくとも当人はそう言っている。極めて変わり映えのない真剣な表情で。


「私は、私のミスで1人の人間を殺してしまった事がある。ずっとその事を悔いて生きている。寝ても覚めてもその事だけが頭を巡っているよ。およそ、私は死ぬまでこの事を枷として生きる事になるだろう」


「それでも生きるのですか」


「あぁ、それでも生きる。枷を背負っているから、死にたいとは思わない、それがどれ程苦しい選択だったとしても。忘れて生きるよりはずっと正しいのだ」

「……死は救済だとよく言うが、皆が赦罪しゃざいを渇望している訳ではない。君だってそう思うだろう、浮向京介」


 僕は会話にほんの少し隙間を開けた後、ゆっくりと浅く頷く。それを受けて彼女の目尻が少しだけ降りる。


「深く考える話では無いのだよ。君が何を思い、何を感じて死を身に窶しているかは私には分からない。私が看取ってきた多くの人間は極めて悪党だった、けれど私とは真逆の存在だった。だから、彼らは死に、私は生きなければならない、ただそれだけなんだ」

「君が何者かなのかは、君だけが判断する事だ。君以上に正しい答えが出せる人はいない。私がそれでも生きる様に、君もまた」

「それに私には守らなければならない生がある。ここに、この四罪ヶ楽王断が捨ててしまった円形の天に届かんと伸びる島に、紛れもなく医者として、私として守らなければならないものが」


 彼女は初めてそこで横を向いた。体ごと動かして、彼女が座る椅子の横にある戸棚に近づく。彼女の横顔を見ると、彼女の姿が年齢を表現する能力を有しない事に気がつく。普段は三十代に見えるが、そこから霧がかるように、若くなったり、歳をとったりする。


 戸棚をカラカラと開けて、その中の何かを取り出す。開ける時の小さな振動が戸棚の横にかけられている何本かの鍵を揺らす。自室用と形の同じ物が多数と、金の大きめの鍵が3つ。


「四罪ヶしざいがらく小断こだち。四罪ヶ楽王断の娘」


「四罪ヶ楽王断、彼に子供がいたんですか。それは……初めて知りました」


「ふふ、それはそうだろう。誰もが、誰しもが、彼は極刑を好み、愛し、呪われ、疎まれ、纏わりつかれ、死にまみれ、血に塗れ、誰も愛さず、誰をも殺すのだと、そう思っている事だろう。皆、あいつを美化しすぎているところがあるな、ふふ」


「現実は違うという訳ですか。彼はそう言った人間では無いと、過大評価だと」


「その評価のギャップが、過大評価なのか過小評価なのかは私が結論づけるところでは無いだろう。が、彼もすべからく男だったと言う事だ。人並みに生き、人並みに学び、人並みに恋をし、人並みに仕事をして、人並みに結婚し、人並みに子供を授かり、人並みに子育てに奔走している。ただ少しばかり、人並みに収まらず、並々ならぬ数の人を殺していると言うだけの気の良い男なのだ」


 彼女の顔に翳りは見えない。四罪ヶ楽王断の姿が自分の頭の中で改変されていく。良い様にも悪い様にも、柔軟性を見出したり、そこに堅牢な一貫性を見出せたり。極刑屋の意味が、そこにある世間一般とのズレが満ち満ちて溝から溢れる様である。


「君も四罪ヶ楽王断に、多大な期待を持ってここに臨んだのだろうな。闇に呑まれているような、病みに襲われているような、暗鬱をそこに見出せると。彼はここに居ないから、どう思ってくれても構わないさ。私を心底疑ってくれて構わない。その方が楽だと言うのなら、自分だけを信じたら良い」


「……いえ、信じますよ。彼と言う人間がどう言ったものなのか。菊花さんが如何どう言おうとも、僕は自分の見方を信じています」


 僕は潤った口から言葉を発する。彼は人並みだったのだ。極刑屋と言う称号を世間から投げかけられてなお、身近な人間からそのように評価を受けるような人物だった。


「それに、子供は2人も居るんだ。娘と息子。もう歳を重ねたが、可愛い子供達でな。本当に何も普通とたがわない名実にガタつく普通の。うん、本当に、そうなんだ」


「至って普通の家族像ですか。子供達はいくつになるのですか?」


「君とそう何歳も変わらないよ。私の言い方で変にイメージを持っているかもしれないが、娘はもうすぐ20歳になる。細かく説明すれば、あと2日だ」


「あと2日ですか。それはまた良いタイミングの好事こうじですね。祝いの席には似合わず、僕はもうその時には居ないかもしれませんが」


「好事か、ふふ、そうなれば良いけれどな」


 彼女が戸棚の中から取り出した。薬品が保存されている茶褐色の瓶を触る。それに貼られた内容表示シールをぼんやりと目で追う。


「極刑屋の娘、四罪ヶ楽小断は病気に罹っているのだ。そして、その病は限りなくあの娘の命を奪う事になるだろう。皮骨ひこつ崩潰ほうかい、それが彼女を苦しめる病の名だ」





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