人身牛頭15
…
春花車菊花は目を細める。僕の気持ちと相反する様に、余裕と柔軟を表す様に。
「君は何だか、不思議だな。他の人とは何かが違う様に感じる。あまりにも具体性に欠ける意見かもしれないけれど。意思が強く、意識が弱い。生きているのかも不定な様に、未熟な様に感じる」
「20を越えている男の子に言うような言葉では無いかもしれないけれど……」
「うん、そうだな。だから……君は、生きるのは辛いのかな?」
彼女は冷静に言葉を選びながら、その言葉を裏と下心が見えない様に覆い隠さんと自信に満ち満ちている態度で発する。医者の経験と審美眼、僕よりも一回り上位の年齢に見えるけれど、彼女にはもうそれだけの見識が自己の中に積み上がっているのだろう。
それに対して、僕はすんとなる。彼女の目は嘘を見抜くものであったが、嘘を吐かせないようにするものでは無い。真っ直ぐで無感情に近かった。だからこそ、冗談めかして言葉の重さを紛らわせる事は難しい。
僕の表情は多分いつも通り、普段然とした余裕と、どちらかと言えば笑顔のそれになっていただろう。そのまま話す。
「僕はここへ死にに来ました。正確に言えば、四罪ヶ楽王断、その人に殺される為、極刑に処される為に」
「殺される為、極刑に処される為か。人の命を救う医者としてはあまり受け入れ難い言葉ではある、と。一応、私の個人的な意見としてはその要項を反対する意思を持っているという意味で、そう言っておこう」
「自分は死ななければいけません。死に嫌われて、自殺もしきれず、生を謳歌するべきでは無い。ただのしがない人間なのです」
「ふむ、そうか……」
彼女はそう一言言ってから、僕のことをゆっくりと矯めつ眇めつ見ていく。僕にポッカリと空いている穴でも見つめるみたいに、じっくりとそこをただ。
「君はつまり、四罪ヶ楽王断、彼に殺される為にここへ来たがその人物がこの島には居ないという事実を突きつけられて、途方に暮れているという事良いのかな」
「いや、それだけではなく。その話を他でも無い私に間髪も入れずに伝えに来たのか。だから、つまりはそういう事なのだろうな。あぁ、そうなんだな」
僕は二口目の水をそこで飲んだ。グラスを大きく傾ける。ちびりちびり、口に含む水分量は多くはしないようにした。グラスに隠れて春花車菊花の顔は見えなくなる。被写体の崩れが大きくなる、ビン底の様なそのグラスの底は赤色と黄色を適量に混ぜ合わせた色をぼんやりと映し出す。
「私は四罪ヶ楽王断と共に生きてきた。だからそう、彼の人生というものを見てきたつもりだ。ほとんど全て」
「ほとんど全て……」
「ほとんど全てだよ。彼が極刑屋としてこの国に名前が流れてから数十年間、ゆっくりと流れる月日を共に噛み締める様に生きてきた」
「磔刑も、火刑、車裂きも、釜茹でも、電気椅子も、毒殺も、圧殺も、首吊りも、首切りも、彼の行う極刑と言うものを、その生業を言葉のままに生々しく見てきた。私は医者として、彼に雇われていたから、役割をこなし続けていた。仕事はもちろん被処刑者の健康状態を確認したり、彼らのメンタルの維持も一環だった。そして、彼らの最期を確認する事も仕事だった」
彼女の瞳は未だ真っ直ぐにこちらを捉え続ける。ひんやりとした朝の空気が彼女の言葉に纏わりついて、絆して僕の耳まで届く。
「色んな死に様とドラマがあった。悪には悪の見方がある、社会的に極悪と呼べる人間が全てだったと認識しているが、全ての人間が人としての悪では無かった」
「ああ、語るに落ちるつもりは無いからこれ以上は内容を言葉にしないけれど。気持ちを打ち明けた君への代償行為としてこの小話は受け取っていてほしい」
「そして、何より君にこんな話を打ち明けたのには何よりの理由がある」
「私は先ほどから言う様に、医者として、四罪ヶ楽王断と人生を共にし生きてきた。ただ、私は医者であったから、そして彼が極刑屋であったから私は彼の極刑を手伝いこそすれ自分で手を下す事は決して無かった。一度として」
「だが、私は、一度だけ失敗してしまった。唯一の失敗を。自分の信念と信条を全て捻じ曲げてしまえる程に愚かな失敗を。私は極刑屋に雇われている人間として、患者を扱う、しかしその中の1人の死を私は引き起こしてしまった」
「率直に言おう。私は1人の人間を殺してしまった事がある。愚かな己のミスによって」




