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この執行には、理由がある  作者: 端役 あるく
牛人伝説事件

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人身牛頭13


14

 目を開ける。ベットの上には涼しげな風が窓から吹き込んで、カーテンを揺らす。温もりがあり、柔らかさに富んでいる風だ。


 牛、ミノタウロス、首。こと自分の過去と、今回の件には関係性は一つもないはずなのだが、奇妙な偶然というか、嫌な偶然というか。牛くらいどこにでもいるものだ、生きているうちは乳牛として、殺してからは食用として、利用する。どこに育てられていようとおかしくは無い。この島もそうだったのかも知れない。


 奇怪な偶然、牛、己の過去をまた頭で瞬間だけ再燃して、また消す。偶然なんて無いと、それが偶然だとすれば、偶然に起こるだけの何かがあると、そんな事をワワさんは言ってたか。ならばこそ、にじり寄って来ているのかな。


 よっと、体を起こす。シーツには矢鱈滅多羅(やたらめったら)に皺が残り、もう元の姿の綺麗な一面を持つ事は無い。取り返しはつかない。


 自殺計画。


 出来る事ならば、事は多くの人には知らせる訳にはいかなかった。死に姿を晒す自由を他人に委ねるというのは生きている人間には受け入れ難い。伝説の殺し屋や、伝説の極刑屋に華々しく殺されるならば、その後の自分の死体の有り様を気にしなくても良いが。他の人間に、他の、人の生き死にに慣れていない人には任せたく無かった。


 自殺するにしても、僕は自分の死体が白骨化するまでは見つからない様に計画してきた。極めて、身勝手だけれども、そこは譲る事が出来ない。


 人の生き死にに慣れている人物。人殺し犯なんて、いくら神に善行を働こうとも、祈ろうともゾロゾロと草鞋の様には出会えないだろうけれど。四罪ヶ楽王断が居なくとも、ともすれば。


 これは予想だ、期待を込めて、そこを確かめに行くのも兼ねて。僕は草鞋ではなく、外用のラフな使い古されたスニーカーである人を訪ねる。


 初めて来た建物で自由行動を言い渡される、若干の不安はあったけれど、構造の単純性も相まって目的の部屋を探すのも割と簡単に思えた。


 3階建ての円形に、いくつもの部屋が連続している。ただそれだけの建物だ。環状線に乗って仕舞えば、いつかは目的地に降りる事が出来るように、グルッと回ってればいつか着くはずである。うん、そのはず。


 さして遠くにある訳でもなかった様で、そうこうしているうちに目的地へと到達した。目的地、先ほど訪れた春花車菊花が居るはずの医務室だった。


 木の扉は凝られた装飾に、左右に他の部屋とは違ったオレンジ色のランプが付いている。初めて見た様な感覚だった。そうではもちろん無いはずだけれど、似た別の部屋があるのが今回の事件のカギって訳では無い。


 ただ、案内されてくるのと、能動的に移動して来るのでは道すがらからここまでの印象が大きく違って見えるという事だ。


 ノックする。コンコンと、一括り。人の動く様子は無い。扉から一度少し離れてから、上から下までを見て、左右を見る、見終えて息をついてまた近づく。ノックをする前に次は小さな躊躇をした。


 けれど、ノックをする。またコンコンと、一括り。けれど、人の動く気配もない。分厚い扉だから中で人が動こうとも、扉に遠い位置では音が届かない事は考えられる。


 今朝の自分の居留守を思い出して、ややノックするのが面映い、数が増すほどに。ノックをすると音は廊下に非常に響く。楽器みたいに流麗に響く。一度、内側の音を聴こう、扉に耳までピタッと当てて、部屋の隅まで聞き逃さない様に、音を捉えよう。そうでもしなければ、もう一度ノックする事は自分の中で許されなかった。


 ポスティング出来るチラシでも持っていれば話は違っただろうに。今朝の僕の宿泊するアパートへの訪問者は『獄道教』と言った。言ってはいなかったが、チラシにそう書かれていた。


 あの今朝の一枚を持ってくれば良かったのだ、決して獄道教の一員だと思われるのは御免だけれど、人の部屋をノックをするだけの奴になるよりは幾分かマシな気がする。


 気がするだけかもしれないけれど。自分が出したノック音の響きを聴きたくなかった。


 ピトッと耳を扉に触れる。

 じっくり触れさせる。


「…………が……」

 何だ?誰かが中で何かを言った。まだ不明瞭だが、確かに小さく聞こえる。


「……あな……明け…す事は出来ま…ん。決して、…なたが望も…とも」

この小さな声は先ほども聞いた春花車菊花のものだった。対する相手が居る、今のところはっきりとは分からないが。


「なぜ?」


「何故と言われても、出来ないものは出来ないのです」


「……はぁぁあぁぁあぁ、もういいもういい話にならない。ワタシがせっかく、せっかく話を通してあげるってところまでしてあげているっていうのに?!!!!!?!ワタシの話してる意味が、意図が……わからないって訳じゃ無いんだよな。その良い頭がなぁ、なぁ?!」

 突然の爆音が鳴り響いた。分厚い扉であるはずなのに、当てていた耳の中が直接細かい振動で揺らされているみたいな不良に侵される。


 訪問者は四罪ヶ楽真空だ。亀を置いていったうさぎはこんな所で時間を潰していた。


「分かりますが、私には出来かねます。それは出来ないと言う他は私には出来ないと言う事です」


「出来ない出来ないって、あぁ賢しらしい態度、本当に昔から変わらない。煙たいったら無い。まぁ、いいわ。あなたが何と言おうと、有利なのはこっちなのだから。せいぜい、自分の守れるものだけを今のうちに掻き集めてなさい、菊花」


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。まずい、音が近づいて来る。


 ガチャ。


「あら、浮向京介。どうしたの、随分と恐々とした顔をして、あぁ菊花に用向きね。占有していたみたいな形で御免なさい……。もう良いわよ」

 そう言うと、彼女はスタスタと廊下を歩いて言った。柔らかな廊下にひかれたカーペットが、彼女の尖った靴に纏わりつくみたいで歩きにくそうに見えた。それでも格式高い、ランウェイを歩くキャットウォークを彼女は崩さない。秀麗の後ろ姿はぼんやりと廊下の影に馴染んで消えた。


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