人身牛頭12
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春花車菊花に会ってから、解散するまでにはほとんど時間は掛からなかった。その後は、キズキ青年に皆々、順番に自分の部屋へと送り届けられた。
1人、白いベットの上に飛び込み、シーツに皺を寄せる。上から見ると、漫画の一コマみたいにシーツが僕に向かって集中線を作る。1つ、寝返りを打つ。シーツは新たな皺を作り出し、その様相を不安定に、不規則に並べていく。
仰向けになりながら目を瞑り、思いを巡らす。瞼の暗がりの中から、光を探り出す。そうやって、今までの、過去になった自分を思い出す。
初めはいつもそう、自分の家の近くにあった厩舎を思い出す。牛が黒い瞳を僕の方に向けている、藁と糞便が混ざり合った匂いが、その中の独特な匂いを作り上げている。僕はあの匂いが、好きでも嫌いでも無かった。生活空間に隣接するくらいの距離にあるそれを、僕は自分の物くらいに認識を自己に落とし込んでいた。自分の匂いに自分は鈍感な様に、どうしようもなく僕はそれらに不干渉で、僕は周りと自分を分ける事が出来なかった。
厩舎の壁は自由の色をしていた。
牛は力強くも、用途不明の太々しい隆起した足の筋肉をこちらに向ける。その姿は僕の中にエドワール・マネの『オリンピア』を彷彿とさせた。寝転がって、白い腹をこちらに向けて、鼻息を細くして、黒真珠みたいな眼球がこちらを見ている。美しさと、ズレを併せ持っているみたいな奇妙な皮の表面。
僕は彼らに触れた事が無かった。生命力の塊である血脈の流れの熱と、収縮する筋肉とそれに動かされる脂と他の贅肉。彼らはそれを保持していながら、何を為すでも無く、何を為さないでも無く、ただこちらを見ていた。生きている様で、死んでいるそれを両立させて、何故か生きている生き物だった。
ある寒い日、僕はその日も退屈な日を過ごしていた。ただ寒いというだけで、他に変わったところは無い日。周りの大人達はいつもの様に忙しなく動き続けていて、今自分が感じる寒さが僕だけのものみたいな違和感を覚えた。
他人の姿を見やると、自然と自室に1人いる自分というのが、やけに無作法に見えてきて、時間潰しがてら外に出て、家の近くをウロウロと回るのがたまの日課だった。家から盗んできた新聞紙だけを片手に人の有無に関わらず、何も気にする事なく、ズンズンと渡り歩く。
「おはようございます」とか、「こんにちは」とかありふれた挨拶というものを行き交う人々にした事は一度もなかった。だから、その日も何も言わず、誰とも目を合わさずで、歩いていくだけだった。
手持ちの新聞には『歯金鉄舟斎、磐石の政党の中にある思い』などという大きな文言を配置したインパクトのある一面が用意されている。正直言って目を引くが、目に悪そうな印象を覚える。
特集記事なのだろうけれど、敢えて一面にあるそれを見て僕は苦い顔をする。苦い顔をしながら、文面をざらっと読み飛ばす。ふと日付を見る。2012年、12月、20日。
外に出ると、ふっと白い息が宙を舞う。肌に感じる冷たさは挨拶でもする様にうぶ毛を撫でていく。外に出ると、人はグンと減る。外に出る意味がほとんどないので、変な話では無い。
僕は厩舎に向かう。牛の黒い目を見に行くのだ。どんどん近づくにつれて、厩舎の独特な匂いが強さを増していく。新聞にあった料理のレシピ面が変に想起されて、お腹の中でぐるぐる混ざって気が滅入った。が、レシピを忘れる事にする、厩舎に近づく。
牛を見やると、今日も太々しい態度と生命感の強い肉を保有していた。ただ、目だけが違った。黒いはずのその目は、ゆっくりとその色を変化させていた。ゆっくり、ゆっくり。黒から、白へと。何か分かるまで、ほんの少し時間がかかった。生命感のある強い体はあった、だが、首が落ちていた。否、今、落ちた。
どうしようもないほどの重音と共に、コンクリートの床に叩きつけられた。首は白い目をしながら、こちらを見た気がした。




