人身牛頭9
11
キズキ青年が扉を開ける。いや、行動を正確に表現すると、彼は扉を上げた。上方向に、グイッと押す様に。更に適確に伝えようとするなら、その扉は木戸ではなく、襖でもなく、牢屋の様な鉄格子だった。やや腐食した鉄格子、錆が朝露に起こされて鼻を変に弄う。
日の光が目に刺さる。あまりにも眩しい光の中に身を出した時、じとっと体に熱が入り、心に溜まった嫌な澱みが流されていく様な開放感があった。
軽い運動と日光に浴びる事、この二つが鬱に対して効果が見られるとは聞いた事はあるけれど、確かに考え方が前向きに一新されていく気がする。気がするだけかもしれないけれど。
キズキ青年も外に出てから一つ背伸び。手を上に伸ばして、背中から足にかけて一斉に伸ばしていく。手には何か紙がちらつく。あれを小さな光で見て案内していたのならば、あれは地図か何かだろうか。無くてはならない物だろう、それはそれは。人によっては。
「ちゃんと、貸してもらうのが礼儀だぞ」
「京介、言われなくても分かっている。私をなんだと思っているんだ。私は乱暴にアレを奪ったりはしない。暴力的にも、立場的にもな。ただ、貸してくれるというのならな」
草むら、朝露、温まりきらない陽の光、青い空、過ぎる柔とした風。船に乗っていた時となんら変わらない、晴々とした爽やかな今日である。先程までの暗闇が霧散していく。
その清朗とした雰囲気の中、息をつき、顔を見上げる。気にしないで言葉を吐き出していたが、目の前のそれは目に入らない訳がないほどに、円形の島の中では大きく目につく。陰陰滅々、その迷宮とは相性が良い建物ではあろうと思う。
レンガ壁に覆われた円中の塔の様な島。壁の中には、緑の草原を備えて小さな箱庭は設られて、それを囲い込む様に、大きな黒い城が建てられていた。
「この建物が、今回我々が生活する事になる場所、極刑城になります。説明するまでもなくではありましょうが、我々を覆う様にあるこの建物です。」
迷宮の機軸から螺旋階段を登り、我々は塔の中央に出た様だった。そして、極刑城と呼ばれる黒い建物に囲まれた真ん中に。
多くの人がその周りの建物の下から上までを舐める様に見た。暗いレンガで出来た暗い建造物、印象で言えば、クノッソス宮殿というよりはドラキュラ城に近い。壁面の陽の光の反射が小さいから、その近くはやけに暗く感じる。
見上げて、数人からホーとか、オーとか、感心したという声が漏れる。声から察するに、紳士のおじさんと香永遠後輩である。
声を尻目に、ある1人がキズキ青年を通り過ぎて、先にズンズンと極刑城に近づき始めた。
「ちょっと待ってください、奥様」
「もう良いでしょ?」
貴婦人、四罪ヶ楽真空である。
「ワタシはここまで来ればもう何処から何処までも行く事が出来るのだから。ここはワタシの庭で、あなたの庭では無いのだから。それに、あんまり偉そうにワタシに紹介を始めないで欲しいのよ。例えば、自分の物なのに、それを他人にまるでコレは自分の自信作です見て下さいと、デザイナーと同等に蘊蓄を語るられている様な気になるの、気に触るの。だからもう辞めてほしい。もう2度としないでほしい、そう頼んでしまうほどにワタシはそれを聞きたく無い。だって、あなたのものでは無いのだから、ね」
「しかし……」
「謝罪なら受け付けないわよ。立場の強い人間が、立場の弱い人間に謝られていると、謝らせていると誤られるから。そういう誤解は嫌なの。ワタシはそう、うん。別にワタシはあなたに対して怒りたい訳では無いの。全く無いの。謝られたい訳でも無い。ただ、いつまでもあなたのような亀の足に合わせて歩くの事にウンザリしたのよ。ただ、だからワタシは先に行く。亀が遅いのが悪いのであって、それは怒る理由にはならないから。謝らないで、傷つかないで、でも黙ってワタシが先に行くのを見送りなさい」
そう言い切ると、四罪ヶ楽真空はキズキ青年の声にならない静止を振り切って歩き始める。流麗に、スマートに、彼女にとって無理のないスピードと姿勢で。近づききると、極刑城の中へ自分で背の高い扉を開けて、入っていった。
あたふたと、どうしようこうしようと考えている様なキズキ青年は妙に子供っぽく愛らしくみえる。そこから、すっと一息ついて彼はすぐに落ち着きを取り戻す。年相応に子供と大人を行ったり来たりしている。
「我々は君の速さに合わせるよ。キズキ君、ここまでも、これからも君のペースのアナウンスをかけてくれれば構わない」
皆が目の前の出来事で、呆気に取られたが、1人は言葉早くそう言った。初老の紳士、凛々しく強い言葉尻。それは皆の止まってしまった動きを柔和にするには十分だった。
「……すみません。では自分達も行きましょうか」
キズキ青年はそういつもの様に優しげに言った。




